アスク・ミー・ホワイ

「過去はね、変えられるんだよ。もしかしたら、未来よりずっと簡単に」 古市憲寿の幸福な物語

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リブロプラス 野上由人

社会学者で、芥川賞に二度ノミネートされた小説家でもある古市憲寿の最新長編『アスク・ミー・ホワイ』。「この物語には、人々の瘡蓋を溶かす蒼い陽射しがある。」とリリー・フランキーも絶賛する古市小説第4弾。

『アスク・ミー・ホワイ』
著者:古市憲寿

ニュースにはいつも続きがない。
悪質タックルをしたアメフト選手はどうなったのか。元号が代わる前に見せしめのように処刑された元教祖の遺骨は誰の手に渡ったのか。引退した国民的歌手はどのような生活を送っているのか。異性と握手したという罪で鞭打ち刑を宣告されたイランの詩人はどうなったのか。異性と握手しないという理由で、スイス国籍取得が認められなかったイスラム教徒はどうなったのか。(中略)港くんのことも、多くの人はこの文章を読むまで忘れていたんじゃないかと思う。 【本文より】

BL(ボーイズラブ)は、最早一部のマニアが秘かに盛り上がるだけのものではなく、ポップカルチャーのど真ん中に押し出されてきた感がある。
「六法全書」を刊行している法律の専門出版社・有斐閣から『BLの教科書』が発売された2020年、映画ではベルリン国際映画祭国際批評家連盟賞を2度受賞している映画監督・行定勲がジャニーズ事務所のタレントとMEN’S NON-NOモデル(つまり超メジャー級の人気俳優)を使って撮った『窮鼠はチーズの夢を見る』が公開され、また行定勲の国際批評家連盟賞受賞作『パレード』のプロデューサーだった井上竜太は『リスタートはただいまのあとで』で長編監督デビューした。
ドラマでは『2gether』を火付け役としてタイの実写BLがブームとなり、日本でも『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』が地上波で放送され、海外からも反響があるという。そんな中、芥川賞に二度ノミネートされた実績をもつ社会学者で作家の古市憲寿が、突如Twitterで連載を始めた小説もBLだった。

アスク・ミー・ホワイ

舞台はオランダの首都、アムステルダム。スキャンダルで日本の芸能界を追われた(読めば誰でも同じ人物を連想するに違いない)俳優と、日本料理店で働く(いかにも典型的な少女漫画の主人公のように自分に自信が持てないでいる)青年が、徐々に仲良くなっていく(関係を深めていく)物語である。
 これまでの小説『平成くん、さようなら』『百の夜は跳ねて』『奈落』では、安楽死、格差、ケア、家族といったテーマを選んで個人と社会の齟齬を書き、軽妙な文章のわりに重い読後感を残す作品が続いたが、本作は、後半に向かって多幸感の増していく王道ラブストーリーになっていて、今までにない作風に驚かされる。いつも斜に構えて皮肉っぽい著者にも、こんなに幸福な物語が書けたのかと新たな発見にうれしくなった。
 但し、舞台は自由の都市・アムステルダムだ。日本を舞台にしたのではこのように書けなかったのだと読めば、日本社会の不自由や不合理に批判的ないつもの「古市くん」が見えてくる。

著者プロフィール

古市憲寿
1985年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出し、クールに擁護した著書『絶望の国の幸福な若者たち』(講談社)で注目される。著書に『だから日本はズレている』『誰の味方でもありません』(ともに新潮新書)、『保育園義務教育化』(小学館)など。2018年、初の小説単行本『平成くん、さようなら』(文藝春秋)を刊行。翌年の『百の夜は跳ねて』(新潮社)とともに二作連続芥川賞候補作となり話題を呼ぶ。その後、『奈落』を発表、本作は4作目の小説となる。

Information

書籍名

アスク・ミー・ホワイ

著者名

古市憲寿

価格

1,400円(税別)

出版社

マガジンハウス

発売日

2020年8月

ISBNコード

9784838731114

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