【 百の夜は跳ねて / 古市憲寿 】の表紙

「格差ってのは上と下にだけあるんじゃない。同じ高さにもあるんだ」。
【 百の夜は跳ねて / 古市憲寿 】

公開日

リブロプラス 野上由人

高度200メートル。僕はビルの窓を拭く。頭の中で響く声を聞きながら。ある日、ふとガラスの向こうの老婆と目が合い……。
境界を越えた出逢いは何をもたらすのか。無機質な都市に光を灯す「生」の姿を切々と描き切った、まったく新しい青春小説。

前作『平成くん、さようなら』に続いて芥川賞(第161回)の候補になり、再び落選した。ただ落選しただけではない。
雑誌『文藝春秋』の芥川賞発表号に掲載された選評を読むならば、かなり辛辣な評価を受けて落選したことがわかる。
島田雅彦は「語り手は窓の内側より、窓に映る自分の方により関心が高かったようで、前作ほどではないが、ナルシスト的私語りが中心で、リアリティ構築に必要な細部も情報のパッチワークに終始しているのが気になった」といい、吉田修一は「なにより主人公の凡庸な価値観に唖然とする」「差別的な価値観の主人公を小説で書いてもいいのだが、作者もまた同じような価値観なのではないかと思えるふしもあり、作家としては致命的ではないだろうか」とまで言わせている。

ディスプレイされた【百の夜は跳ねて】

実際に読んでみると、島田雅彦や吉田修一の小説を楽しんできた読者に、むしろ支持されるのではないかと思うような青春小説である。
自分と世界との間に少し隙間を感じているような男の子を主人公に、ほんの少しだけ空想的な物語が、現代社会の風俗を背景に描かれる。
私が不必要だと感じたのは、同僚の女性が仕事中に主人公のペニスを口に含む冒頭のシーンだけ。
経済格差や文化資本の格差、政治運動への距離感を表現する構図の作り方には著者の理知的な面を感じさせ、また人間の死に対する感受性にはやや情緒的な面もあって、合わせていかにも文学青年らしい印象を残すが、その「いかにも」が実作者でもある選考委員たちには嫌らしく見えるのだろうか。
尚、奥泉光だけは支持したようで「今回自分が一番推したのは、古市憲寿氏の「百の夜は跳ねて」だったが、選考会の場で評価する声はほとんど聞かれず、だいぶ弱った」と書いている。

著者プロフィール

古市憲寿
1985年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出し、クールに擁護した著書『絶望の国の幸福な若者たち』(講談社)で注目される。著書に『だから日本はズレている』『誰の味方でもありません』(ともに新潮新書)、『保育園義務教育化』(小学館)など。2018年、初の小説単行本『平成くん、さようなら』(文藝春秋)を刊行。翌年の『百の夜は跳ねて』(新潮社)とともに二作連続芥川賞候補作となり話題を呼ぶ。『奈落』は三冊目の小説作品。

詳細情報

書籍名

百の夜は跳ねて

著者名

古市憲寿

価格

1,400円(税別)

出版社

新潮社

発売日

2019年6月

ISBNコード

9784103526919

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