日高あゆみ

”上野万太郎の「この人がいるからここに行く」”福岡の街角に動物をたくさん描き続けるペン画アーティスト、日高あゆみさん

公開日

上野万太郎

写真:吉野菜百里

福岡を代表する人気ブロガー&ライターの上野万太郎さんの人気連載企画。万太郎さん自ら惚れ込んだ”あの場所のこの人”を紹介する『上野万太郎の「この人がいるからここに行く」』今回は、ペン画アーティストの日高あゆみさんをご紹介します

ペン画で福岡の街を動物園に変えるアーティスト

今回はペン画アーティストの日高あゆみさんをご紹介したい。彼女はここ数年福岡で注目されているアーティストの一人だ。30代から独学で絵を描き始めた日高さんは現在、夫とお子さんが2人いる主婦でもある。

日高さんが描くのは、動物の絵。
とにかく繊細で優しくてユーモラスな動物たちが今巷で人気となっている。最近ではJR博多駅のAMU博多のビジュアルを担当したり、「Fukuoka Wall Atr2023」で入賞した「抱きあうゴリラ」という作品が、福岡市内の工事現場の壁に掲出されたりと福岡の街には日高さんが描いた動物たちが放し飼いにされている。

そんな日高あゆみさんがどうして動物の絵を描くようになったのか、そして絵を描くことが彼女の人生にどんな風に影響を与えているか、そんな話を聞いてみた。

日高あゆみ

JR博多シティアミュプラザ博多/写真:吉野菜百里

子供の頃の想い出

山口県岩国市生まれの日高さん。絵との最初の接点は、漫画家を目指していた叔母の存在だったという。
「叔母が描く熊のプーさんの絵と母の描くプーさん絵のレベルが違い過ぎて、子供ながらに叔母の絵のすごさに感動したんです。それがきっかけで叔母に絵を教えもらうようになりました。」

小学生の頃にはちょっと変わった目線で絵を描くようになっていた。例えば、宿題で窓から見える風景を描こうしていた時に、ふと目が行ったのは窓枠だった。そこから窓枠の木目や素材感に興味が湧き、気がついたらそこだけを集中的に描いていたらしい。他にも、畳の目や壁の細かい模様や柄など、とにかく細かい部分に関心がいき、それを描くことが好きになったそうだ。

また「祖父が機械設計の仕事をしていたのですが、細かく描かれた図面にも興味を持ちましたね。当時、図面の裏紙がたくさんあったので、それにずっと絵を描いていました。」と振り返る。

人生の挫折

しかし、日高さんは、進学や就職で絵や美術の道に進むことはなかった。一般企業に就職しOLとして働いていた。
2010年春には入籍し、新しい生活が待っていると思っていた矢先、職場で挫折を味わい退職することになる。
「やりがいのある仕事に猛烈に取り組んでいたのですが、自分の限界を知ったというか、何もかももう無理だ~となったんでしょうね。精神的にも肉体的にも弱ってしまって実家の岩国市に戻ってしまったんです。」

1,2年は何もする気になれず実家でのんびりしていた。その後少しずつ体が動くようになったのでふと思い出したように実家にあった絵描きの道具や図面の裏紙をひっぱり出し絵を描き始めた。叔母や祖父のと過ごした幼少期のことを思い出し原点に戻りたいという気持ちがあったのかもしれない。

日高さんはやがて、ぼちぼちパート仕事も始めた。歯科助手やカフェ店員、または映画館でも働いた。しかしどれもうまくはいかなかった。自分は何もできないのではないか、自分の存在価値はあるのか、と思うようになり生きることさえ自信が無くなってしまって自己肯定感が下がる日々だったそうだ。

それでも絵を描くことは続けていた。するとどうだろう、絵を描いている時は何もかも忘れて没頭できて心が落ち着いている自分に気づいたそうだ。あんなに何もしたくない、何もできない、何をしていいのかも分からないくらいに人生がゼロになっていたのに、絵さえ描いていれば生きていけるかもしれないと少しずつ前向きになっていた日高さんだった。

日高あゆみ

日高さんの画材/写真:上野万太郎

イラストレーターになることを宣言

「とにかく、ずっと絵を描き続けていたい!!」という意思がどんどん大きくなり、人生のどん底から這い上がる光が見えてきた。すると日高さんは、「これから私はイラストレーターとして生きていく!!」と決意し、これを周囲の人たちに公言することにした。
「想いや夢というものは口に出して周りに伝えることが大事という話を聞いたので、あえて公言して回りました!!」

何もやる気になれなかった彼女に絵の神様が舞い降りたとしか思えないほど絵を描くことに夢中になった日高さんは前向きになれたのだ。まずは独学でポップな水彩画や水彩色鉛筆を使ったイラストを描いた。動物が好きだったので飼っていた犬の絵などを描き始めた。

ある程度の作品が出来てからはネットショップを開設して200円のポストカードなどの販売を始めた。
「最初は友達などの知り合いが買ってくれてたのですが、そのうち見知らぬ人からの注文が増えてきた時は、びっくりして嬉しくなって、どこか自分が社会の中で認められたという感覚が生まれてきたんです。」

そういうことが続くと、当然ながら自信につながる。職場で挫折してすべての生きる目的や自信を失ってゼロになっていた心の中に、再び自己肯定感がすこしずつ戻ってきたのを感じたという。

点描画への目覚め

2018年のことだった。シルクスクリーンのワークショップに参加し主宰の日高太一さんと知り合った。しばらくして年賀状を一緒に制作する機会があり、その時に日高太一さんに「光を細かい点で表現してみて」と提案された。
「光を点で表現???」と不思議な表現にとまどった日高さんだったが、光の道にそってペンの先を使って点、点、点と光の集まりを描いてみた。出来上がった作品をみた日高さんは、「お~~っ、これは!!」と自分の絵のスタイルについて、何か大きなヒントを得たような気がしたそうだ。

日高あゆみ

点描画に挑戦した年賀状作品

動物の絵を描くこと

「もともと動物を描くのが好きだったのでこれを点描画で表現したらどうなるのだろうと思って描き出したら、すごく楽しくなって止まらなくなったんです。」と日高さん。動物の種類は数多い。絵の対象物としてはどれだけでもある。「これなら無限に描ける!!」と絵を描くことがさらに楽しくなったそうだ。

日高さんの描く動物には何かしら共通する表情がある。それってなんだろうと思って聞いてみた。「基本的に目はしっかり描くようにしています。目を描くことでその子(動物)のメッセージが伝わってくるんです。その子と会話しながら少しずつペンを進めていきます。」

なるほど、そういうことか。動物は笑わない。だからこそ無表情に近い動物の目が見る人によっていろんなメッセージをもって伝わる可能性があるのかもしれない。

日高あゆみ

写真:日高あゆみ

例えば、チーターを描いた作品がある。チーターと言えば世界最速の哺乳類とされ狩りの名手とも言われる動物だ。その絵を描くとなると当然のように疾走する姿を想像するが、日高さんが描いたチーターは、草原にじっと佇む姿だった。

「これはどんなメッセージが伝わってきたんですか?」と尋ねると「そんなにいつも頑張って走らなくても良いんだよ。休むことも大切なんだよ、ってこの子が語りかけて来るんです。」

日高あゆみ

立ち止まるチーター/写真:田中紀彦

自分が描いた動物のことを「この子」と呼ぶ日高さん。それは自分が生み出した子供のようであり、もう一人の自分を重ねているのかもしれない。絵を描くときはいつものその子たちと会話をしながら、その子たちが何か伝えたいことを絵で表現しているそうだ。

日高あゆみ

写真:吉野菜百里

「人は描かないんですか?」

「人の目は強すぎるんですよね。動物の目から伝わる優しいメッセージが心地良いんです。」
なるほど、さらに納得である。

日高あゆみ

「Fukuoka Wall Atr2023」で入賞した「抱きあうゴリラ」/写真:吉野菜百里

絵を描くことは自分を助けること

子どもの頃に興味をもって描いていた絵。あの頃、叔母や祖父の影響で絵を描いていたことが今の自分を救うことになるなんて。あの頃の体験はきっと意味があるものだったのだろう。今はそれの答え合わせをしているのかもしれない。

「絵を描くことはまるで写経みたいだなと思うこともあります。とにかく絵を描いているとストレスが減るんです。」とにこやかに語る日高さん。絵を描くことは日高さんの救いになっているのは間違いない。そして、彼女が描いた絵がまた誰かの救いになればさらに彼女も嬉しいだろう。

日高あゆみ

2023年2月 広島個展「たびの途中」/写真:吉野菜百里

今後の夢

「将来はどんな活動をしたいですか?」と聞いてみた。
「30歳を過ぎて歩み始めた道ですが、とにかく絵を描けていることが幸せであり、思っていた以上の結果が出ているのでそれ以上の大きな目標というものは特にないんです。」という。

「それでも、本の装丁の仕事はしてみたいですね。そして、壁画みたいな大きな絵も描いてみたいと思っています。まあ、それはご褒美みたいなもので、とりあえず今は絵を描くことで自分が救われている。それで十分です。」と日高さん。

「他にやり残してることもないので、とにかく死ぬまで絵を描き続けていれば望むものはありません。」ともいう彼女。

まだ38歳になったばかり、さすがにそのコメントは早すぎるでしょう、とツッこんでしまったが、50年後の彼女を想像したら、確かに優しい光が入ってくるアトリエで窓辺に座って動物と会話をしながら幸せそうに絵を描いている日高さんの姿が浮かんでくる。

日高あゆみ

写真:吉野菜百里

最後に

これから福岡の街のあちこちで日高あゆみさんが描いた動物たちに会うチャンスがあるかもしれない。もし会えた時は、あの子たちが優しく伝えて来るメッセージに耳を傾けてみてはどうだろう。きっと救われることがあると僕は思う。

絵を描くことによって人生を救われた日高さん。彼女が絵を描き続けることの意味は、救いの連鎖をつくるために彼女が生きることそのものなのだと、今回のインタビューを通じて僕は勝手に納得してしまった。

これからも日高あゆみさんが描いた動物たちが街のあちこちに放し飼いにされますように、と願うばかりである。

日高あゆみ

写真:上野万太郎

日高あゆみ
職業:ペン画アーティスト

instagramhttps://www.instagram.com/ayumi_comachi/

2019年 福岡 Botanical Clover 個展
2022年 山口 岩国シロヘビの館 個展
2022年 大阪 阪神百貨店 個展
2023年 広島 KIRO by THE SHARE HOTELS 個展
2023年 福岡 BUNSHODO HOTEL 個展
2023年 福岡 カフェ&ギャラリー・キューブリック 個展
2023年 福岡 Fukuoka Wall Art 入賞
2023年 福岡 JR博多シティアミュプラザ博多の館内ビジュアル担当

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