上野万太郎

”上野万太郎の「この人がいるからここに行く」”福岡市で25年営業していたネパール料理「マイティガル」のクマールさんが天草市に移住した話

公開日

上野万太郎

福岡を代表する人気ブロガー&ライターの上野万太郎さんの連載第4回。万太郎さん自ら惚れ込んだ”あの場所のこの人”を紹介する『上野万太郎の「この人がいるからここに行く」』。今回は、福岡市中央区警固にあったネパールカレーの店「マイティガル」の店主クマールさんのお話。突然天草市に移住した理由とは?

警固で知り合ったクマールさん

僕が最初に「マイティガル」でクマールさんに会ったのは2013年5月だった。福岡のカレー店を回りながら「福岡のまいにちカレー」を書いている時、カレー好きの友達の勧めもあって訪ねてみたのだ。

「マイティガル」は福岡市中央区警固の住宅街に佇む派手な色に塗られた建物の2階にあった。階段を上がっていきドアを恐る恐る開けて中に入ると、少し暗めの照明の中に浮かぶ異国風のインテリア。ちょっと緊張気味に「すみませ~ん」と声をかけると、厨房の奥から「いらっしゃい~」と少し高めの声の男性が返事をしてくれた。それが店主のクマールさんだった。

上野万太郎

警固時代の店舗

当時は本場のカレーというと、正統派インドカレー店もあったが、どちらかというと「インネパカレー」といわれるネパール人スタッフが作るインドカレーの店が多かった。北インドやネパール地方のカレーを日本人向けにアレンジしてタンドールで焼いたナンとセット提供するスタイルだ。
それに対して「マイティガル」ではクマールさんが育ったネパール料理をほぼそのまま日本で提供している現地系スタイルだった。そのようなネパールカレーを提供している店はまだ珍しかった。その後も福岡市内で現地系ネパールカレーを提供してしっかりと固定客もつかんで福岡に根付いたカレー店になっていった。いやなっているはずだった。それなのに・・・である。

上野万太郎

警固時代のクマールさん ( 写真提供: @_shigegram_ )

ある日クマールさんから電話がかかってきた。「お店閉めることにしたよ~~」と言うではないか。寝耳に水だった僕は、「え!!、どうしたの???」と聞き返したら、「天草に引っ越すことにしたよ~~」とのこと。「天草???」と、さらにビックリだった。

そして、2021年にクマールさんはその言葉通り、熊本県天草市に移住したのだ。福岡市中央区桜坂で2年、その後、警固で23年、トータル25年間、しっかり営業してきた「マイティガル」。それを捨てて天草へ。いったい何があったのか。

「クマールさんはなんで、天草に移住したの?」という疑問を解決したくて、先日やっと天草に行くことが出来た。福岡から3時間半、辿り着いた「マイティガル」は山の中にある農家屋敷のような古くて大きな家だった。

上野万太郎

ネパール時代のクマールさん

そもそもクマールさんは40年ほど前に何故日本にやってきたのか、そこから話をしよう。

クマールさんはネパール・タブレ県コパシ村で、11人兄弟の真ん中として生まれた。小さい頃から家を飛び出しネパールの首都カトマンズで様々な仕事して自活しながら学校に通っていた。仕事をしながら視野を広げさらに行動範囲を広げていったクマールさんは、知り合った人の縁で15歳の時にネパールを出る機会を得た。行先はなんとフランス・パリ。パリでは、ネパール雑貨を販売したり、いろんな仕事をしながら暮らしていた。日本食レストランでも働いて日本語も少し覚えた。

上野万太郎

その後は、イギリス、タイ、マレーシア、サウジアラビア、シンガポール、日本などを転々と働きながら旅をしたそうだ。5年に一度はネパールに戻ってパスポートの更新や雑貨を買い付けたりしていた。

飯塚での出会い

そんな生活をしていた頃、旅の途中で知り合った日本人から誘われ、福岡県飯塚市に来ることになった。来たことはあったが、九州には初上陸。しかし飯塚に来たもののその友達と連絡が取れなくなってしまった。両替しようと銀行に行くも外貨からの両替は急には対応してもらえず、どうしてよいか分からずに銀行の階段に座り込んでしまっていたクマールさん。

そこに神様のように現れた一人の女性、クマールさんが日本の母と慕うことになる喫茶店「太陽」のママさんだった。茫然自失のクマールさんに英語で話しかけ、友達と連絡が取れるまで面倒を見てくれた。
見知らぬ土地で今まで経験したことのないような優しさに触れたクマールさんは、何かあったらすぐにママさんに会いに行けるように、飯塚からも近い福岡市でしばらく根を下ろそうと決意した。これがきっかけでその後何十年も福岡に住むことになるとはまさに運命の出会いだったのだろう。クマールさんが20代前半のことだった。

上野万太郎

福岡に定住したクマールさん

福岡での生活を始めたクマールさんは、今までのように様々な仕事をしながら生計を立てていた。数年に一度はネパールに帰って飲食店で働き、ネパール雑貨を仕入れてまた日本に戻るという生活をしていた。

日本での生活が長くなるにつれて日本で食べるカレーに違和感を持ち始めたクマールさんは、ネパールに帰るたびに現地のレストランで働きネパール料理の勉強をしていた。いつかは日本で本場のネパールカレーを作れるようになったら良いなと考えていた。その頃、日本人女性と結婚して家庭をもったことをきっかけに、日本に根を張った安定した仕事をしようとネパール雑貨の店を始めることを決意したそうだ。

「マイティガル」開業

1998年、中央区桜坂で「マイティガル」を開業。「マイティガル」という店名の意味は「実家」という意味だ。少年の頃に飛び出した「実家」に想い馳せる気持ちを表しているのだろう。

上野万太郎

警固時代の表札

「マイティガル」はネパール雑貨の店としてスタートしたが、そのうちネパールに興味のあるお客さんたちから「本場のネパールカレーを食べたい」というリクエストを受けるようになった。ネパールで覚えた料理の腕を振るう時が来た。まずは4種類のカレーをメニューにして営業をスタートすることになった。2年後に警固に移転し、それから23年間、クマールさんは毎日毎日本格的なネパールカレーを提供してきた。

クマールさんが作るネパールカレーは、化学調味用や小麦粉やラードを使わない。ネパールの高級レストランではなく一般の飲食店や家庭で食べるようなネパールのカレーを日本人にも知ってもらいたいという気持ちで作り始めた。

上野万太郎

警固時代のカレー ( 写真提供: @_shigegram_ )

以前クマールさんを取材した時に、「赤ちゃんから老人までが毎日美味しく食べられるのがネパールのカレーなんですよ~。だからインドほどスパイスは多くは使わないし、辛さも強くない。辛いのが好きな大人は、辛い付け合わせを混ぜながら食べるんです~」と話してくれたことを覚えている。確かに複雑な深みのある味というより、素材とスパイスと塩のバランスの良さが際立つ美味しいカレーだ。まさにこれがネパールの実家で食べるようなカレーなのだろう。そんな気持ちが伝わったのか、クマールさんのカレーは福岡のカレー好きの中で評判となり、昨今のカレーブームの前からコアなファンを持つ人気店となっていった。
長年通ってる常連客は、開店時間からやってきて、店で仕事や勉強しながら過ごす人も多かったそうだ。「お婆ちゃんの家に来ているみたいって言う人もいました」とクマールさん。まさに、ネパールカレーファンにとっては、ネパールの「実家」になっていたのかもしれない。

天草へ移転を発表

そんな「マイティガル」だったが、2021年9月警固での営業終了を正式に発表した。

「なにがあったんです?」と聞いてみると、「実は、7~8年前からどこか日本の田舎に移住して農業をしながら生活したいと考えるようになったんです~。佐賀県三瀬村、兵庫県淡路島、熊本県有明町なども検討したんですが、いろいろと条件が合わず断念してたんですよ~。そして天草市の「空き屋バンク」と出会って、自分の希望に合う空き家を見つけてくれたんです~」とのこと「本当は30代でネパールの実家に帰ってのんびりと小さな飲食店をしたいなとも考えていたんですが、日本人に帰化して福岡に定住したので、日本国内でのんびりできる場所を探していました」

上野万太郎

「今はまだ米つくりはしてないけど、野菜は作ってますよ~。蜂も飼いだして蜂蜜作りもしているんですよ~。これからは鶏を飼って卵も食べたいです。そのうちに山羊も育てたいですね。野菜と家畜に囲まれて暮らしたいんです。そうしながら、ネパール料理や雑貨も販売して、みなさんに遊びに来てもらいたいです~」とクマールさん。

上野万太郎

ここでは同居しているパートナーの方がヨガ教室やアーユルヴェーダサロンも開いている。まさにここ天草市の山の中の一軒家がまるでクマールさんが生まれた実家の原風景をイメージして再現されようとしているのではなかろうか、と僕は勝手に想像してしまった。

上野万太郎

ダルバートセット(チキンカレー)

上野万太郎

ダルバートセット(マトンカレー)

「マイティガル」という新しい実家作り

クマールさんは僕と同じく1962年生まれ。天草に移住し「マイティガル」を営業再開したのがちょうど還暦というタイミングでもあり、僕も何か感じることがあった。

「ネパールでは二重国籍が認められていないので日本人に帰化した自分は、ネパールに定住することが出来ないんですよ~」とクマールさん。ある意味、小さい頃に実家を捨てて外国へ出ていったクマールさん。しかし、心の中にはずっとお母さんがいる実家のことを思っていたようだ。

「今年、20年ぶりに実家に帰って97歳になるお母さんに会ったんですよ。妹とも連絡を取って今は娘が妹がいるオーストラリアで世話になってるんです~」、そう話すクマールさんは、心のどこかにずっとあった実家とのわだかまりが取れてスッキリしたような表情をしているように感じた。

「マイティガル」という店名の意味である「実家」。これからクマールさんは、ここ天草の地で日本の「マイティガル=実家」作りを始めたのかもしれません。

上野万太郎

帰り際に「また来年、来てね~」と手を振るクマールさん。まさに実家に帰った時のような感情さえこみ上げた。
最後に「ここがクマールさんの人生の終着点?」と聞いてみた。

「まだまだ私の人生の旅は終わらないよ~、エンドレス・クマール!」という言葉が返って来た。

あなたもクマールさんの新しい「マイティガル」に遊びに行ってみませんか。人生を考えるきっかけになるかもしれませんよ。

INFORMATION

店名

マイティガル

代表

クマール

業種

ネパール料理と雑貨販売

住所

熊本県天草市天草町福連木2453

時間

11:00~17:30

店休

不定休

メニュー

チキンカレー1,100円、キーマカレー1,250円、コロコロマトンカレー1,450円、マイティガルセット2,900円、ダルバートセット1,800円

関連記事