上野万太郎

”上野万太郎の「この人がいるからここに行く」”海外生活6年のコミュニケーションモンスター大瀬良さんが客を取りまわすコーヒースタンド

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福岡を代表する人気ブロガー&ライターの上野万太郎さんの連載人気企画。万太郎さん自ら惚れ込んだ”あの場所のこの人”を紹介する『上野万太郎の「この人がいるからここに行く」』今回は、福岡市博多区東比恵のコーヒースタンド『FAKE IT COFFEE』の大瀬良さんをご紹介します

老若男女で賑わっている東比恵のコーヒースタンド

2020年4月、福岡市博多区東比恵の御笠川リバーサイドに小さなコーヒースタンドがオープンした。ちょうどCOVID-19による行動制限が始まった頃だ。近くに住む友達から「コーヒー屋さんが出来てるよ。万太郎さんが好きそうなお兄さんがやってる」と言われた。新店情報にはそんなに興味はなかったが、「僕が好きそうなお兄さん??」というワードが気になって数日後に寄ってみた。

旧国道3号線から1本入った比恵橋のたもと、細い道だが車や人通りの多い場所。階段を1段上って店に入ると客が3人ほど入るだけで狭い小さなスペース。玄関を向いて配置されたレジカウンターにお兄さんが笑顔でこちらを向いて立っている。

「いらっしゃいませ!!」と明るいお出迎え。「こんにちは~」と返すと、「前に来られましたよね?2回目ですよね?」と。いやいやいや、それはない。僕は思わず、「初めてじゃ!!似たオジサンが来てた?」と返した。「いや、なんとなく2回目のような気がして・・」と。
おかげで初対面の2人の距離感が一気に縮まったのを覚えている。それはただのボケだったのか、それとも計算された彼のやり方なのかは当然ながらまったく考えもしなかった。それが「FAKE IT COFFEE」の大瀬良さんとの出会いだった。

コミュニケーションモンスターと呼ばれる大瀬良さん

店に通ううちに客の中で「大瀬良さんはコミュニケーションモンスターだな」という評判が広まっていった。
会った瞬間に一気に距離感を縮める話術。いろんな話題を客の中に投げかけ、小さな店舗に集まった客同士をあっと言う間に知り合いにさせる話の振り方。コーヒーのことに限らず、占いのこと、ファッションのこと、人生のこと、家族のこと、職業のこと。ぽーーんと投げかけて、あとは客に喋らせる。そしてそれをその場にいる他の客にも投げかけて意見を聞く。そのうちにその場にいる客同士が勝手にしゃべりだす。

いわゆる聞き上手であり決して語り好きではないところや、周囲をまとめて話の渦に巻き込めるところがコミュニケーションモンスターと言われる所以なのだろう。

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コミュニケーションモンスターと攻めすぎる接客は紙一重

お店が出来て1年経った頃の冬の日。僕が先客でコーヒーを飲んでいると、ある若い女性が店に入ってきた。少し長めの髪の毛を後ろに縛ったメガネをかけた彼女。グレーのロングダウンコートにスウェットのパンツ、それに白いスニーカー。その彼女が注文をしようと大瀬良さんの前に立った時、大瀬良さんは突然こう言った。「どうしたんですか?!!その恰好は・・・」
それを横から見ていた僕は「え????」と背中がズーンとした。なんと答えて良いのか一瞬戸惑った様子の彼女。僕はその数秒間が耐え切れず彼女に向って声を発した。「この人、ひどいよね(笑) ここ、よく来るの?」と。すると彼女は「あ、いえ、初めてです」
それを聞いて僕はさらにびっくり。「初めて来る女性に、『その恰好はどうしたの?』はないやろ!!」と僕は大笑いしながら大瀬良さんにツッコんだ。
彼女は「家でリモートで仕事していたんで、これでも少し着替えて来たんですけど・・・」と返事をしながらニコりと照れ笑い。

その女性はその後も数回来店してくれたようで、事なきを得たが、そこまで攻めるか!?とこのエピソードを印象的に記憶している。

しかしである。そんな攻めすぎる接客をする大瀬良さんだが、開業して丸4年、「FAKE IT COFFEE」はこんなに狭い店なのに毎日毎日たくさんの客で賑わっている。大瀬良さんのことをお兄ちゃんのように慕う10代の若者から、逆に孫のように可愛がってくれる年配者まで、その客層は幅広い。

大瀬良さんの武器

大瀬良さんのことを僕なりに分析してみた。彼は、初めて会った人の環境や性格を数秒で把握しようとしている。例えば、何故この人はこの店を選んだのか?年齢は?仕事は?家族構成は?など一瞬にして判断しようとしているように感じる。そして、この人にはどんな接し方をしたら良いのか。できれば距離感を縮めたいのでどこまで攻めた会話をしてよいのか。そんなことを毎日毎日繰り返しながらそのスピードや精度がどんどん上がっている気がする。大瀬良さんは、外国へ一人で飛び出して未知な場所へいきいろんな人たちと接してきたことも含めて、それは20年の社会人人生の中で自然と身に付けたコミュニケーション術だと思う。

一度大瀬良さんから聞いたことがある。「基本的にみんな僕と話をするしかないのですが、全員と僕がそれぞれバラバラに話をするのは不可能だし、狭い店なので逆にそれも違和感ありますよね。だから、みんなに一変に話題を投げかけて勝手に話してもらえるようになればみんなも楽しいかな、と思って。まあ、そのほうが僕も楽だし(笑)」
それが出来るのが大瀬良さんの武器だと思う。

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専門学校を卒業後アパレル業界へ

そんな大瀬良さんの人生を顧みてみよう。

大瀬良さんは昭和58年福岡市生まれ。ビジネス専門学校へ入学。学生時代は、「スターバックスコーヒー」でアルバイトをした。今思えばこれが最初のコーヒー業界との関わりだった。
専門学校を卒業後、アパレル業界に就職した。
ファッションは好きだったが、入ってみるとちょっと違った。自分で服を選ぶのは好きだったが、他人の服を選ぶのが好きではないことにそのうち気づいたらしい。アパレル業界にいて客の服を選ぶことに興味がないのは致命的だった。そりゃそうだ。

そんな時に同僚が会社を辞めた。目的は留学のためだという。数カ月後に大瀬良さんはその同僚を訪ねて1週間アメリカ旅行に行ったそうだ。
「それまで特に海外に対する興味が強かったわけではないんですけど、その旅行がきっかけで、自分も海外で生活してみたいなとぼんやりと思うようになりました。かといって、特に海外で何かやりたいという目的があったとか大きな野望があったということでもなかったんです」とのこと。

仕事を辞めて海外留学

1週間の海外旅行から帰ってきたら会社を辞めた大瀬良さん。海外生活の資金を貯めるために「ベローチェ」などでアルバイトをした。ここでもとりあえずコーヒー業界で働いていた。そして24歳の時に学生ビザで1年間サンフランシスコに語学留学をすることになった。とりあえず目標であった海外生活は1年間ではあったが実現することが出来た。
25歳で帰国してからは、学生やフリーターではなく一度はいわゆる“社会人”になってみようと、派遣社員ではあったが、大手の会社で働いた。そのまま社員としてサラリーマンの道も考えたが、ふつふつと海外生活への懐かしさが蘇ってきたそうだ。

ふたたび海外を転々としながらコーヒーの世界へ

28歳で再度海外生活を選択した大瀬良さん。「両親は、『あんた、いい加減にせんね』とあきれられたというか、あきらめられたみたいでしたね」と。もう誰にも彼の行動力は止められなかった。

ワーキングホリデー制度を利用して、オーストラリア(メルボルン)、イギリス(ロンドン)、カナダ(トロント)で約5年間の海外生活を送った。その間海外でもずっとコーヒー業界で働いたそうだ。
「コーヒーへの興味があったってこと?」と聞いてみると「いや、特別にそうではなかったけど、過去にコーヒー業界で働いた経験もあったし、やはり飲食業での仕事が一番需要があったんですよね」とのこと。

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メルボルンのコーヒー店(大瀬良さん提供)

それから数年経つにつれ、コーヒーに対する気持ちが変わっていったそうだ。
「コーヒー業界の世界大会のボランティアにも3回参加し、少しずつですが知識や経験も増えていくうちにコーヒーについてもっと勉強したいという気持ちが大きくなったんです。そうなると不慣れな英語で学ぶよりは日本語で学ぶ方が吸収が早そうって判断して、33歳になった時に日本に帰ってちゃんと就職しようと決意しました」。

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メルボルンのコーヒー店(大瀬良さん提供)

帰国して「ハニー珈琲」に就職

帰国した大瀬良さんはコーヒー業界に絞って就職先を探した。福岡のコーヒー店をいろいろ廻って一番気に入った「ハニー珈琲」の門を叩いた。「募集はしてなかったのですが、履歴書をもって自分から売り込みに行きました」とのこと。

店舗でのスタッフは足りていたので、本店の裏方ならということで働きだしたそうだ。コーヒー豆の焙煎をさせてもらうことはなかったが、目の前で焙煎についての情報やノウハウが飛び交う中での仕事は、のちのち開業して焙煎することになる大瀬良さんにとってはとても勉強になったそうだ。

東比恵でコーヒースタンドを開業

そのまま「ハニー珈琲」で働いていても良かったが、業界的に将来のことを考えると独立ということは当然の流れであろう。36才の時に3年半お世話になった「ハニー珈琲」を退職した。

「よし、コーヒー屋として起業しよう!!」と考えた大瀬良さん。しかし、たいした資金もない。とりあえず右も左も分からないので、給与振り込みの口座に使っていたというだけの理由で大手の銀行に何のツテもなく融資の相談に行ってみた。するとたまたま窓口で担当してくれた年配の方が、親切丁寧に何から何まで指導してくれたそうだ。そしてスタートアップ支援制度を使った融資を受けることが出来たのだ。店舗物件もたまたますぐに見つかった。そんな感じでとんとん拍子で開業へ向けての話は進んでいった。

2020年4月「FAKE IT COFFEE」は開業。「FAKE IT COFFEE」という店名は、“fake it till you make it” という英語の慣用句から引用したらしい。「成功するまでは、成功しているふりをしろ」という意味だ。つまり、何事もうまくいくと思っていれば、きっとそのうちうまく行く、ということだろう。

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きっと美味しいと思ってもらえるコーヒーだろう、きっとみんなが楽しんでくれる店だろうと思い頑張り続ければ、いつの日かそうなっているに決まっている、という大瀬良さんの意気込みなのだろう。

“fake it till you make it”の精神であまり物事をマイナス方向に深く考えず前向きな大瀬良さん。その性格が彼の明るく柔らかいオーラとなり人が集まってくるのだろう。

コーヒーへのこだわり

「ハニー珈琲」を退職後、独立するにあたって自身で決めていた最低条件は自家焙煎するということだった。アメリカ製の焙煎機「DIEDRICH」を購入し、自分のコーヒー豆作りに取り組んだ。浅煎りを中心としたラインナップ。生豆は「ハニー珈琲」から仕入れている。

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喫茶店やカフェのように空間や時間をゆっくり楽しんでもらう店という発想は無かったので、大瀬良さんにとってはコーヒー豆は自家焙煎であることが必須だった。

「どんなコーヒーを提供したいですか?」と聞くと「毎日飲めるスッキリとした綺麗な味のコーヒーを出したいですね。だから豆で言えば、ナチュラルよりウォッシュトのほうが好みです」とのこと。抽出方法は、クレバードリップ中心でエスプレッソやエアロプレスも取り入れている。まさに彼が目指すコーヒーが毎回出されている。

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将来の夢

「将来的は、どうしたいですか?」と聞いてみた。
「このままここにずっといることはないでしょうね。移転になるか、2号店になるかは別にして、もう少し大きな店を作りたいです。その店は喫茶店でもカフェでも、もちろんレストランでもない。あくまでも、今と同じくコーヒースタンドですね。以前に海外で体験していたような店。特にオーストラリアで体験した雰囲気の店をやりたいですね」と語気を強める大瀬良さん。

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トロントのコーヒー店(大瀬良さん提供)

海外のコーヒースタンドは、どんな点が日本の喫茶店と違うのか?
「明るくにぎやかで活気があり、人の動きにスピード感があり、店内のあちこちで客同士の情報交換や交わりがある感じですかね。そんなコーヒースタンドが大好きだし、そんなお店をやりたいですね」と大瀬良さん。

「やっぱり外国が好きなんじゃん。」
そしてコーヒーが好き、人が大好きな大瀬良さんだった。

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INFORMATION

店名

FAKE IT COFFEE

住所

福岡市博多区東比恵4-6-33

時間

平日11:00~19:00 土日祝日 11:00~18:00

店休日

火・水曜

駐車場

なし

メニュー

ホットコーヒー450円~、アイスコーヒー500円~、カフェラテ550円、アイスカフェラテ550円

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