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昼の家、夜の家 著:オルガ・トカルチュク
「これは永遠に続く夢みたいなものだと思う。それ以前にはなにもなく、それ以後にもなにもない。わたしは新しいことを期待したりしない。得るものがなければ、失うものもないから。夜は永遠に終わらない。」この一節がこの小説の美しさと漂うようなその魅力を表しているように思う。
現代ポーランドを代表する作家でノーベル文学賞を受賞しているオルガ・トカルチュクによる本書。
チェコとの国境に程近い小さな町ノヴァ・ルダ周辺の山村に移り住み、新聞広告で募集を出すほど人の見る「夢」について興味を持つ主人公。日常の風景や習慣、伝統料理(美味しそうなキノコ料理が多い)を通してこの地域の暮らす住民の生活を語りながら、古くから伝わる神話・伝承としての挿話が並行して語られていく。
グレーのカーディガンを羽織る空想好きな老婆マルタ、夢に出てきた男性を探すクリシャ、国境を股にかけて息絶え たペーター・ディーター、悪夢に苦しむフランツ・フロスト、神秘的な力を持つ聖女クマーニス、そのクマーニスの伝説を聖人伝として残すパリス・ハリス。あいだに主人公の手記を挟みながら物語は進んでいく。それぞれの物語は短い断章形式になっているが、ある挿話の一節が他の挿話の一節を連想させ、ゆるやかに紐づけられていく。物語は独立したものでありながら伝承と日常が交じり合い、作品は次第に独特な世界感に包まれていく。現実のようで夢のような、過去と現在を漂う不思議な感覚に陥る。
物語には常に生と死、夢と現実といったテーマが見え隠れするが、二項対立のように思われるこれらの概念の境界は曖昧にぼやけているようにも感じる。「生を夢見ているだけなのか、本当に生きているのかを知ることもまた、だれにもできない。この二つに境界線が存在するなんてどうしても確信がもてない。」積み重なっていく物語を通して「今、この場所で、生きている」ということの神秘性と不確実性が示される。まわりくどい作品と思われるかもしれないが物語自体はシンプルに進み、一つの挿話は短いものが多いため意外とさらりと読めてしまう。それなのにその背景にある、著者の思想を感じずにはいられない。自身の経歴と多く重なるという意味で、この作品が最も私的な作品と言われていることからもそのことがわかる。彼女が何を感じているのか、一節を眺めながら著者の意図を考えたくなってしまう。ふと思い出してまたあの不思議な感覚に陥りたくなる、深く印象に残る一冊。
著者プロフィール
オルガ・トカルチュク
1962年、ポーランド西部、ドイツ国境に程近いルブシュ県スレスフに生まれる。ワルシャワ大学で心理学を専攻、卒業後はセラピストとして研鑽を積む。93年、Podr´oz ludzi Ksiegi(『本の人びとの旅』)でデビュー、ポーランド出版協会新人賞受賞。2007年に出版されたBieguni(『逃亡者』)で、2008年度ニケ賞を受賞。エッセイストとしても高い評価を得ている。ヴロツワフ在住。
訳者:小椋 彩
北海道大学文学部卒業。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。博士(文学)。2001〜02年ワルシャワ大学東洋学研究所日本学科講師。東京大学大学院研究員等を経て、現在、東洋大学文学部日本文学文化学科助教。専門はロシア文学、ポーランド文学。訳書に、O・トカルチュク『昼の家、夜の家』(白水社)
INFORMATION
タイトル
昼の家、夜の家
著者
オルガ・トカルチュク
訳
小椋 彩
出版社
白水社
価格
3,190円(税込)
ISBN
9784560090121 4-6
この記事の著者について
[テキスト/佐藤弘庸]
1987年札幌生まれ。2009年日本出版販売への就職を機に上京。入社後は紀伊國屋書店を担当。
2011年にリブロプラス出向。2016年より日販グループ書店の営業担当マネージャー。
2022年より文喫事業チームマネージャー兼 文喫福岡天神店 店長。