
住む憧れ「グランドメゾン」の人気の理由。

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上野万太郎
福岡を代表する人気ブロガー&ライターの上野万太郎さんの連載人気企画。万太郎さん自ら惚れ込んだ”あの場所のこの人”を紹介する『上野万太郎の「この人がいるからここに行く」』今回は、「小鉄ノスパゲテイ」オーナーシェフ小鉄さんのお話し
2022年10月、白金にある「ビストロ ピックドール」のジャックさんに“流浪の料理人”小鉄さんを紹介されました。イタリアンレストランのオーナーシェフだった小鉄さんですが、コロナ禍で店を閉じた後、しばらくフリーの立場で知人のレストランを手伝っているという時でした。「いま、うちの店でランチタイムにパスタを出してもらっているんですよ」とジャックさん。
そんな小鉄さんが、2023年4月に美野島商店街のちょっとはずれに街のパスタ屋「小鉄ノスパゲテイ」をオープン。それから3年、少しずつ夜の営業にも力を入れてきて、かつてのようにしっかりとした料理を出す小箱イタリアンレストランとして頑張っています。
今回はそんな小鉄さんのこれまでの経歴をたどりながらお店に対する想いを聞いてみました。
小鉄さんは1973年福岡市西区育ち。糸島高校を卒業後、一度は一般企業に就職したという。
― 最初から飲食業界を目指していたわけではなかったんですね。
小鉄さん 最初は普通の会社に就職したんです。しかしすぐにその会社を辞めたのでその後は1年間くらいあちこちで働きました。営業の仕事から事務仕事、建設会社の作業員、車磨きの仕事など短期間で色々な仕事を経験しました。
― 飲食業界に入るきっかけは?
小鉄さん いろいろ転職した後、博多駅地下にあった『豆の樹』という喫茶店で働いたんです。飲食業としてはそこが初めてですね。喫茶店なのでミートソースやナポリタンなどのスパゲッティやホットサンドなどの軽食類、パフェなどのスイーツがありました。やらせてもらっているうちに、料理って面白いなと思ったのが最初でした。18歳の頃です。
― 1年間で職場が何度も変わったんですね。
小鉄さん そうなんです。料理に興味をもってさらにステップアップしたくなりまた転職です。千鳥屋が経営するドイツ菓子専門店「エルベ喫茶室」という店が新天町にあって、そこではホールで接客の勉強をしました。その後中洲店の店長に任命されたのでやる気を出してしばらくは頑張っていましたね。
― また転職ですね。
小鉄さん もっと料理の勉強もしたくて電気ビル地下1階にある喫茶店「ルノアール」で働きました。モーニングからランチまで食事に力を入れている店だったので調理の基本を教えてもらいました。
― 「ルノアール」は今でも同じ場所で営業していて相変わらず賑わっていますよね。僕も若い頃電気ビルで働いていたのでお世話になっていました。
小鉄さん 「ルノアール」でしばらく働き、さらに本格的なレストランで働きたくなったので「ルノアール」の社長さんの紹介で大丸福岡天神店本館の3階にあった「レストラン遊」で働きました。フレンチ懐石料理の店でしたけど和洋折衷の色々な料理を作っていました。ここではケーキ作りの基本を勉強しました。
― その頃、何歳ですか。
小鉄さん まだ21歳くらいです(笑)その後23歳の時に大丸の斜め前にイタリア料理店ができることになりオープニングスタッフとして参加しました。結局その店は半年間で閉店したのですが、その間、時々ヘルプで来られていたイタリアンの岩永シェフという方がおられたんです。岩永さんの賄い料理が美味しすぎて、イタリアンの料理人を目指そうと思うきっかけになりました。
― いよいよイタリアンへの道が見えてきましたね。
小鉄さん はい、さらに24歳の時、博多リバレインがオープンし、その中にある「ラ・マニーナ」というイタリアンレストランで働きました。いわゆるリストランテと言われる本格的なお店でした。100席くらいあったので、質とスピードを要求される厳しい現場でしたね。昭和ならでは職場環境で基本を厳しく叩き込んでもらい勉強になりました。きつい現場でした(笑)
― 昭和の頃の飲食業界の上下関係は厳しかったんでしょうね。
小鉄さん その後、26歳で創作料理のレストランで働いたり、さらに「クリスティーズ」という北イタリア料理を出すレストランバーでイタリア帰りのシェフに本場の北イタリア料理を習いました。その店では今でも仲良くしている「ビストロピックドール」のジャックと一緒に働いていました。そして31歳の時に独立しました。
― それにしてもたくさんの店で働きましたね。そんなに転職するのは、ある意味向上心と好奇心がなせる技だったのでしょうね。31歳で独立というのは早い方ですよね。
小鉄さん 2004年高砂にカウンターだけの小さなイタリアンレストランを開業しました。最初の頃は夜中まで営業していたのでイタリア語で“ふくろう”という意味の「Gufo」(グーフォ)という店名にしました。イタリアンでしたけど、今まで働いたお店での経験を生かしてフレンチも出していましたし、特にスイーツには力を入れていました。

「Gufo」開業時の写真
― 開業後の集客はいかがでした?
小鉄さん オープンしてすぐの頃に不思議なことに雑誌「dancyu(ダンチュウ)」に取材されたんですよ。おかげで賑わっていました。食通っぽい男性のお一人様客でカウンターが満席になることもありました。みんな1人客なので会話することがなく満席なのに店が静か、、、なんて変な現象も起こっていましたね(笑)
― まだSNSなど無い時代ですから全国紙の影響は大きかったのでしょうね。
小鉄さん ありがたかったですね。他にも全国誌の取材がありおすすめイタリアンみたいに紹介されるから、自分もさらにイタリア料理を極めて行こうと決心しました。その後2009年には改装してテーブル席も作って席数も増やしました。
― 僕は2010年にたまたま「Gufo」に1回だけお邪魔しているんですよ。テーブル席があったのを記憶しているのでその頃ですね。
小鉄さん その後2016年、店を広くしてレストランスタイルにしたくてすぐ近くの渡辺通沿いのビルの2階に移転しました。面積は2倍で席数は18席になり、カウンターを無くしてクローズドキッチンにしました。アラカルト料理はもちろん、コース料理をメインにしてジビエにも取り組みました。
― 移転後の調子はいかがでしたか。
小鉄さん お店は順調に賑わっていたのですが、2020年コロナ禍に突入して以来状況が一変しました。営業時間短縮やテイクアウトなどでしのいでいましたが今後の飲食店経営に不安もあり2022年一旦閉店しました。一時期は飲食業界から離れようとも思いました。
― しかし、離れることは出来なかったのですね。
小鉄さん はい、その後は“流浪の料理人”として「ビストロピックドール」「ピッコラフェリーチェ」「トラットリアデルチェーロ」「黄ごん焼きあにおん」など、友人の店でヘルプとして働いていました。そんな感じで流浪しながらいろいろ悩んだ末、やっぱり自分には料理しかない。もう一回レストランを開いてがんばろうと思い準備に入りました。友達のレストランを手伝ったのは「小鉄ノスパゲテイ」開業にとってもいろいろ参考にする部分もあり勉強になりました。

小鉄さん 2023年4月にカウンターだけの街のパスタ屋として「小鉄ノスパゲテイ」を開業しました。とりあえずは本格的なイタリアンレストランというより、パスタ専門店で若い人がカジュアルに楽しめるような店にしようと思いました。現在は、お昼はパスタ屋、夜はしっかり本格的なイタリアンが楽しめるような店として頑張っています。

― どんなお店でしょうか。
小鉄さん パスタがおすすめのイタリアンレストランです。福岡の野菜や九州の肉、魚など地の食材を積極的に使い、シンプルな調理法にこだわったイタリア料理を提供いたしています。イタリア料理の形式上、本来は前菜、パスタ、メイン料理という順なのですが、博多という土地柄、麺類は最後の〆というイメージがあるので当店ではなるべくパスタを最後に提供いたしています。
― 具体的にはどんな料理でしょうか。
小鉄さん 内容や価格については随時変更していますが、代表的な料理は以下のメニューの通りです。予算に合わせたお手頃なコース料理からアラカルトまで、前菜、肉料理、魚料理、パスタ、ピザ、スイーツまでいろんな組み合わせで楽しめるように用意しています。もちろんパスタ単品でも大丈夫です。夜はワンドリンクお願いしていますのでよろしくお願いします。





― コロナ禍の間にバイクの免許を取った小鉄さんの休日の楽しみは、バイクツーリングのようですね。特に糸島半島へのソロツーリングはお気に入りみたいで小鉄さんのSNSでその楽しさがあふれ出ていますよね。
小鉄さん 糸島は高校時代を過ごした場所なので庭みたいな感じなんですよね。息抜きに最高です。

― 将来の夢を聞かせてください?
小鉄さん 10年くらいここで頑張ったら最後は居酒屋をしたいんです。母親が小料理屋をしているのです。母が引退したらその場所を引き継ごうと思っています。そのためにこの場所で悔いのないようにまだまだ華を咲かせたいんです。
― いままでになかったレシピ化も取り組んでいるとか。
小鉄さん 自分は今までレシピを形にして残してこなかったんですよ。でも今はちゃんとレシピ化しています。現在の料理をいつかセントラルキッチンで作れるようにもしたいし、もし将来この店を引き継ぐ人が現れればそのレシピを使ってもらえるようにと考えています。そのためにもお客さんをさらに増やして「小鉄ノレストラン」の名前がもっと売れるよう頑張りたいです。
実は小鉄さんは4年前に奥様を病気で亡くしているそうだ。以前のレストランを辞めたのもその影響が大きかったのかもしれない。それでも「俺には料理しかない」と50歳を過ぎての仕切り直し。今までの経験を生かして出来ることはなんでもやる!!という小鉄さんの気持ちをカウンター越しに感じながら、美野島商店街の片隅で美味しい料理とワインを楽しんでみてはいかがでしょうか。きっと照れ屋の小鉄さんが頑張って笑顔で迎えてくれるはずですよ。

店名:小鉄ノスパゲテイ
住所:福岡市博多区美野島3-6-17-101
電話:080-1394-6011
営業時間:ランチ:12:00〜14:30 /ディナー:17:30〜22:00頃
店休日:火曜(不定休あり)
席数:カウンター8席
URL:https://www.instagram.com/r.cotetsu/

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