
住む憧れ「グランドメゾン」の人気の理由。
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上野万太郎
福岡を代表する人気ブロガー&ライターの上野万太郎さんの連載人気企画。万太郎さん自ら惚れ込んだ”あの場所のこの人”を紹介する『上野万太郎の「この人がいるからここに行く」』今回は、旧車バイク店「タイムサイクル福岡空港店」の戸町伸一郎さんのお話しです。
私事だが今から3年前、還暦の折に古賀市のバイク店「モトショップエイト」とのご縁で、高校生の頃から憧れていたイタリア製のスクーター「ベスパ」を手に入れた。もちろん中古車。(というか40年以上前のバイクだから基本的に中古しか売っていないのだが)購入したタイプは50ccエンジン。普通自動車免許さえ所持していれば誰でも運転できる原付(原動機付自転車)だ。
Vespa50S
大学生の頃以来、数十年ぶりに原付に乗ってみると、時速30km制限や二段階右折義務など、公道をウロチョロするにはやたらと制約が多いことに気づいた。時速30kmで走るということは、後ろからやってくる自動車たちに「お先にどうぞ~、お先にどうぞ~」と邪魔にならないように気を遣いながら道路の左端を蛇のようにニョロニョロと運転しなければならないのだ。昭和の頃は規制が緩かったというか取締りが緩かったというか平和な時代だったというだけの話かもしれないがそんなことを気にせずに気楽に走っていたような記憶があるのだが(笑)今や原付バイクは、決して快適な乗り物だとは思えないことを実感した。
ということで、その不自由さを回避するために、ベスパの排気量を大きく(ボアアップ)して75ccにすることにした。すると排気量50cc超125cc以下の原付二種という規格になり30km制限や二段階右折の制約を受けることなく普通自動車と同じようにスイスイと運転できるようになるのである。もちろん、そのためには小型限定普通二輪免許(以下、小型二輪免許と表記)が新たに必要になるのだが、せっかく手に入れた憧れのベスパ。このまま乗らずには死ねない、ということで、僕は今年6月から小型二輪免許を取得するために自動車教習所に通っている最中なのだ。
まだ免許も取得していないのに40年以上我慢していたバイクへの想いは膨らむばかり、ベスパ以外にも古い日本製の原付二種への好奇心は盛り上がり、あらゆるバイク情報を収集していた。そんな時に、バイク乗りの「珈琲いわくま」の岩隈さんが紹介してくれたのが「タイムサイクル福岡空港店」の戸町伸一郎さんだった。「タイムサイクル福岡空港店」には、まあ楽しそうな懐かしい古いバイクがたくさんあった。
タイムサイクル福岡空港店の店内
そこで僕は50年以上前のホンダCB90という排気量90ccのバイクに出会うことになる。
今回は私の趣味の話題も含めて、古いバイクとバイク店オーナー戸町さんのお話を書かせてもらうことにした。
自分の話が長くなったが、それでは今回の主役である「タイムサイクル福岡空港店」の代表である戸町伸一郎さんを紹介させてもらう。
1978年福岡市生まれの戸町さん。お父様は福岡市中央区で時計宝石貴金属の販売店を経営されていた。(今は閉店されているが数年前に僕が腕時計の電池交換のためにたまたま入った店だったのでびっくり)
戸町さんは、佐賀県にある中高一貫校を卒業後に一浪して福岡大学に進学。バイクとの出会いは、大学生の頃だったそうだ。子供の頃からバイクや乗り物が好きだった戸町さんはバイク雑誌などを読み漁っていた。その中でも古い日本製のバイクに興味があったとのこと。新型車には無いデザインや雰囲気がお気に入りだったそうだ。
「スピードを追い求めるならそれなりに速いバイクもあったのですが、そういう乗り方には全く興味が湧かなかったんですよね。古着が流行り出した頃だったので、ピカピカな感じじゃなくてアンティークでレトロな世界感が好きだったんでしょうね。最初からずっと旧車バイクが好きでした。旧車と言っても『旧車會』と言われる暴走族車のデザインのものとは違いますので、念のため(笑)」と戸町さんは当時の自身の気持ちを分析する。
そしてついに、バイク雑誌の個人売買コーナーで見つけたホンダベンリイC92を購入したそうだ。ベンリィC92は1959年に発売された排気量125ccの空冷4ストローク2気筒エンジンを搭載したバイク。神社やお寺に影響を受けたというHONDA独特のデザインから、「神社仏閣」スタイルと呼ばれるようになった名車だ。
戸町さん所有のホンダベンリイC92
戸町少年は毎日バイクとの生活にあけくれた。しかしこのC92がなかなかちゃんと動いてくれず整備の相談に持ち込むようになったのが、のちのち深いつながりになる「フェニックス」というバイク店だった。
その後もバイクの調子が悪くなる度に「フェニックス」へ持っていく戸町少年。そのうち自分で整備をすれば費用も少なくて済むからという理由もあったのだろうが、とにかくバイクのことにもっと精通したいと思っていた戸町少年は「ここでバイトさせてください」と申し出たそうだ。
アルバイトとしてバイク整備の修業をしていた戸町さんだったが大学4年になった時に「フェニックス」の社長から「そろそろ就職活動をしなくていいのか?」と言われた。
戸町さんは「フェニックスに就職させてください」とお願いしたそうだ。
その頃には将来的にバイク店の店主としてやっていく自分の将来の姿が見えていたのだろう。「フェニックス」は当時、日本車の他に英国車、イタリア車などの旧車を取り扱うバイク店だったので、日本車だけでなく幅広い分野で本格的に戸町さんのバイク修理職人としてのキャリアがここから本格的にスタートすることになる。
「お父様から大学を出ていきなりバイク修理店に就職しなくてもいいんじゃないか?みたいな話はされなかったんですか?」と聞いてみた。
「一度だけ、軽く言われましたけど特に反対はされませんでした。とりあえず、うちの時計屋を継ぐ気はないのか?と確認はされましたけど、『ないです』と答えました」と戸町さん。
良いお父さんだなぁ。時計店であろうがバイク店であろうが機械を扱って修理するという職人的な部分は血筋として受け継がれているのではないだろうかと僕は思った。
2005年「フェニックス」の社長が引退のため店をたたむことになった時、そこで一緒に仕事をしていた白石さんが「タイムサイクル」という名前で独立することになった。その際に戸町さんも白石さんの片腕として頑張っていこうと「タイムサイクル」で働くことになった。ちなみに「タイムサイクル」という店名は戸町さんの案が採用されたそうだ。
そして2017年、39歳になった戸町さんは「タイムサイクル福岡空港店」を立ち上げ、ついに独り立ちすることになった。白石さんの「タイムサイクル」の2号店となったわけだが、「タイムサイクル福岡空港店」は、暖簾分けのような感じで戸町さんが完全独立した店だ。
取り扱うバイクの種類は、もちろん旧車専門で日本車・外国車さまざまあるが、特に古い日本製のスクーターラビットの取り扱いは、長年の経験と実績でお客さんが多いそうだ。
ラビットとは現在のSUBARUの前身である富士重工業が戦後から1968年まで製造したスクータータイプのバイクである。一般家庭への自動車が普及する前に国民の足としてヒットした商品であり、僕の父親も僕が生まれた頃に購入した軽自動車(マツダキャロル)に乗る前はラビットに乗っていたという話を聞いたことがある。少し遅れてホンダのカブが登場して世の中を席巻することになるが、それまでは生活の足として大ヒットしたスクーターであり、今でもマニアの中で人気があるバイクだ。
ずらりとならぶラビット(左から2台目のみベスパ)。この錆がヤレ感として雰囲気を出してますね。
戸町さん所有のラビット
旧車に乗る人はエンジンのオーバーホールや全塗装などのレストアをして乗る人も多いが、ラビットに乗る人は経年劣化のサビやヤレ感をそのままにして乗るスタイルの人が多いそうだ。意外と壊れにくので、現役で動く車両がまだまだたくさん市場に回っており手に入れやすいらしい。戸町さんも、毎日通勤でラビットに乗っている。
戸町さんいわく「ベスパに乗る人は、ラビットと違ってピカピカにレストアして乗る人とヤレ感を楽しむように敢えてボロボロの状態で乗る人とハッキリ分かれますね。個人的には、旧車はあまりピカピカにレストアして乗るよりは年式に応じたそれなりの古びた雰囲気のまま乗るのが好きなんです」とのこと。
「タイムサイクル福岡空港店」での取り扱いは日本製のバイクが多い。工場には戸町さんが学生の頃に惚れ込んだホンダのC92など1960〜1970年製のCDやCB、カワサキのマッハシリーズやヤマハのSRなど旧車好きが見たら「おーーーー!!」と唸るようなバイクが置いてある。しかし戸町さんは、市場での希少価値が高く価格が高騰しているようなバイクへのこだわりがあるわけでもないそうだ。
「旧車ブームであまり価格が高騰するのも困りものですよね。ほどほどに人気でみんなが楽しめるような価格帯で取引され長年大事にされる状態がちょうど良いですね」という。
店にはたくさんの旧車が並んではいるが、販売用だけではなくお客さんの修理中のモノもある。ここに来ればいろいろ選んで好きなバイクが買えるということではなく、戸町さんと話をして好きなバイクを探してもらうというのが良いようだ。僕が戸町さんに頼んで探してもらったホンダCB90は、「タイムサイクル本店」に現物があったのですぐに商談成立となった。旧車だけに年月が経っているので修理に手間がかかることは当たり前。なのでそれなりの覚悟をもって乗る必要があるのだが、それがまた楽しみである。
僕が買ったHONDA ベンリィCB90JX
どんなお客さんが多いのか聞いてみると「中には若い人もいますが、だいたいは中高年以上の人が多いですね。時間とお金に余裕ができて趣味としてバイクを手に入れることにしたみたいな感じで、こだわりや癖の強い人が多いかもですね」とのこと。
「個人でも旧車を所有していますが、一度買ったら売ることはほとんどないですね。現在はラビットの他にも最初に買ったC92、ダックス50、ヤマハ650XSなどを所有していて台数は増えるばかりです。コレクター的な感覚になっていますね」と戸町さん。
ちなみに店舗の2階はここ数年でリフォームして飲食店営業ができるようにしたらしい。現在は毎週金曜日と土曜日の夜にバイク乗りの東さんという方が「CAFE COVO EST」というカフェ営業をしており、そこにもバイク好きなお客さんが集まっているようだ。戸町さんは「他の曜日や時間も間借りしたい人を募集していますので、お店の営業でもイベント利用としてでもご相談ください」とのこと。
店舗2階のレンタルスペース
レンタルスペースでは隣近所の仲間たちと一緒にバイク、音楽、飲食などのイベントを企画することもあるという。「みんなでつるんで大騒ぎするのが大好きというわけではないのですが、バイクという共通の話題で楽しめる人たちと有意義な時間を過ごすのは好きですね」。
僕の戸町さんの印象はみんなの真ん中で旗を振りながら大騒ぎするイメージはないのだが、周りの人が楽しくなるために力を尽くすのが好きそうな、縁の下の力持ちタイプかもしれないなと思っている。
これからの夢や展望などについて聞いてみた。
「夢ですか?特にはないですね(笑)ただ好きなだけで飛び込んだバイクの世界ですからね、毎日好きなものに触りながら楽しく仕事をさせてもらっているのでそれで十分ですね。あまり旧車ブームとかになって世の中が大騒ぎになるのも困りますから、それなりに一定のお客さんがいて、今の商売を年取るまで続けられれば幸せかなと思っています」とのこと。
僕はまだ旧車バイクの魅力に片足突っ込んだばかりなので、これから先どこまでハマるのかは自分でもわからない。「きっと普通自動二輪や大型自動二輪免許も取りたくなりますよ」とバイク乗りの先輩たちから言われるけれど、それはその時に考えればよい。とにかく年齢に応じて飛ばさず焦らずで人生の最後の趣味としてのんびりと旧車ライフを楽しめたらいいなと思っている。
年齢的に今から10年乗れるかどうか分からないけど、人生やり残したことはないか?と自分に問うてみて飛び込んだ旧車小型バイクの世界。これから戸町さんをはじめバイク販売店やバイク乗りの先輩達の力を借りながら楽しんでみたいと思う63歳爺さんの独り言でした。
INFORMATION
店名
タイムサイクル福岡空港店
住所
福岡市博多区東那珂2-19-19
TEL
店休日
水曜日と時々日曜日
営業時間
10:00~19:00
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