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瓶の中の旅 酒と煙草エッセイ傑作選 著:開高健
暑い夏に飲む冷たいビールももちろん好きだが、涼しくなるこの季節に秋の夜長を感じながらゆっくりと飲むお酒もまた格別だ。美味しい食事を味わいながら、それに合うお酒を楽しむことほど贅沢なことはない。酔いが回ってふわふわとした気分で過ごすまどろみがなんとも心地良い。その心地良さを追い求め、まだまだと調子に乗り過ぎて、結局次の日に後悔したことも数知れない…。
そんなお酒をテーマにした本書は小説だけではなく戦争のルポルタージュなど幅広く活躍した開高健によるエッセイ。
大学を卒業後、寿屋(現在のサントリー)で勤めた経歴もある彼は生粋の酒好き。その情熱は宣伝部にいた開高が専務に掛け合い洋酒天国という広報誌を自ら創刊してしまうほど。独立してからの執筆時も、彼の傍らにはいつもウィスキーがあったそうだ。
本書のなかでもパリ、ベルリン、モスクワ、サイゴン、北京と世界を股にかけて嗜んできた酒にまつわるエピソードが存分に語られている。
アルコールの語源はアラビア語で「物の本質を抽出する」という意味だそうで、その効能について開高は次のように述べている。
「分かり合えたり、勝手に傷ついたり、魂を手に取ってつくづく眺めたり。酒を飲まないひとは魂と自身のおそろしさ、広大さをしらない。」
ベトナム戦争の従軍や中東やアフリカの戦場取材など、自身を危険にさらしながらも常に人間の本性を見極めようとしてきた開高。そんな彼が酒好きということはある種の納得感がある。
戦争を体験した彼は年に一度、自分の遺影の前で酒を飲む。銃弾が目の前を通り過ぎ、悲鳴、叫び、嗚咽が聞こえる戦場の極限状態。その最中に撮影された一枚の写真。「ジャングルのなかで戦闘が一段落し、いっさいの人と事物の音がしなくなったとき、ある大きな木の根かたにもたれて彼が私の写真をとり、そのあとでカメラをわたしにわたしたので、私が彼の写真をとった。これが遺影をとりあっているのだということは痛烈な透明さのなかでわかっていた。」戦地で経験した出来事の大きさがよくわかる。
酒は目を背けたいことから逃げるために飲むものだと思われがちだが、彼の場合は少し異なる。自分に抱えきれないものを、酒は隣においておく勇気を与えてくれる。「これからあとの人生はオマケだ。」年に一度、戦禍を一緒に乗り越えたカメラマンとの酒盛り。自らの生を確かめるように、その宴は深夜まで続く。
開高健が愛してやまない酒を通して、彼の想いが少しだけ垣間みえる。グラスかたむけながら読むと彼と対話しているような錯覚にも陥る。
著者:プロフィール
開高健
1930年大阪市生まれ。大阪市立大卒。58年に「裸の王様」で芥川賞受賞。60年代からしばしばヴェトナムの戦地に赴く。「輝ける闇」「夏の闇」など発表。78年「玉、砕ける」で川端康成賞受賞など、受賞多数。
Information
書籍名
瓶のなかの旅 酒と煙草エッセイ傑作選
著者
開高健
出版社
河出文書房新社
価格
978円
ISBN
978-4-309-41813-1
この記事の著者について
[テキスト/佐藤弘庸]
1987年札幌生まれ。2009年日本出版販売への就職を機に上京。入社後は紀伊國屋書店を担当。
2011年にリブロプラス出向。2016年より日販グループ書店の営業担当マネージャー。
2022年より文喫事業チームマネージャー兼 文喫福岡天神店 店長。