今村育代

”ミュート、旅のはじまり…のコラム”
神のしごと、人のしごと

公開日

muto編集部

ある日、天神の書店で偶然手にとった一冊の小冊子。かつてあった福岡のお店の思い出を綴った8つの物語が収録されている
『Neverland Diner 二度と行けない福岡のあの店で』と題されたその冊子に、心に染み入るような文章を書いている人がいました。今村育代さん。小さな希望をかき集めて暮らす私たちの世界をつくった神様のお話し。
muto本紙で掲載した旅のコラムをこのweb版でもご紹介します。

神のしごと、人のしごと/今村 育代

「花はどうして」と見惚れて呟く。

花はどうして色を覚えているのだろう。
花はどうして匂いを覚えているのだろう。
花はどうして季節を覚えているのだろう。

隅から隅まで美しくて、本当によくできている。

特に信仰をもってはいないが、この世の不思議に出会うとき神さまの存在を感じる。

私が思う神さまは聡明な芸術家だ。土をつくり、雲をつくり、花を咲かせ、木をデザインした。木にもいろいろある。象の足のような肌をしたもの、白馬のような肌をしたもの。それぞれに似合っていて、それぞれの美しさがある。感心して眺めていると、神さまは恥ずかしそうに笑っている気がする。透明な水なんてよく思いついたし、神さま以外にはつくれなかった。透き通っていないと、冷たくて指をすり抜けていかないと、こんなに素敵じゃなかった。水を泳ぐ魚もまた美しい。水に似合う形をしている。群れて泳ぐ姿なんて、神さまは「見て、見て!」と鼻を膨らませているだろう。

シンシア・ライラントというアメリカの作家の作品に「神さまが……」というとてもかわいい本がある。天地創造した神さまが地球にやってきてはじまる物語。ビューティースクールに通ってネイルアートに夢中になり、人間の手を見る度にその美しさにうっとりしたり、飼うつもりなどなかったのにおなかを空かせて震えているところを見てしまったばかりに犬を飼って特別に情を持ってしまったりする。子どもの頃から、この世の不思議、どうしようもなく惹かれる心や生まれる情に神さまを感じていた私にとって「まさに」という感じの本だ。

今村育代

『神さまが……』 シンシア・ライラント 訳・絵:ささめやゆき 偕成社

もし、ライラントや私にとっての神さまが、日本に来たら何をするだろう。
何を気に入って、何に驚くだろう。

私は多分、タコ焼きに驚くと思う。神さまはタコに命を与えた。8本の腕、しなやかな体、スミを吐いて敵の目をくらます。「最高だな」と神さまはつくづく思っているだろう。神さまがつくったものはどれもそうだけど、タコもやっぱり最高だ。「タコ焼き?タコを茹でて刻むだと?挽いた小麦を水で溶いて地球みたいにまんまるに焼く?まったく、人間は変なことを思いつく」神さまは少し怪訝そうにドロッと茶色いソースと青のりがパラパラかかった丸い食べ物を眺める。鼻を近づけて匂いを嗅ぎ、少し首を傾げてから爪楊枝を握ってみる。何しろ好奇心旺盛だから。熱っ!と驚いてから目を閉じてうっとりする。「なんと美味い」と2個目に思わず手を伸ばし、熱々とわかりながらも頬ばる。「人間はなかなかやる。面白いことを考えるし、工夫がある。まぁ私ほどではないにしても」神さまは負けず嫌いで自分以外をあまり褒めないけど、人間のことを認めてあげてもいいな…と思いながら、週に一度はついついタコ焼き屋の列に並んでしまうだろう。

たい焼きにも当然驚くと思う。
タコ焼きのパターンからして、魚が入っているかと思うが入っていない。「そういえばタコ焼きはタコの形はしていないか。人間というやつは複雑だしひねくれているからな」神さまは小声でぶつぶつ呟きながらたい焼きを眺めるだろう。なぜ魚の形にしたのか神さまは到底理解できない。なぜ小豆を甘く煮てぎっしりと詰めたのかも。だけど期待は高まる。人間が工夫して美味しいものをつくる能力に優れていることを神さまはすでにご存知だ。頭から食べるか、尻尾から食べるか。神さまは迷うことなく尻尾から食べる。いくら模造品とはいえ、自分がつくったものが姿を失うことは胸が痛む。頭から齧りつくのは気が引ける。神さまはうんうんと深く頷いてつくった者を労う。頭にタオルを巻いて懸命につくっている男に声を掛ける。「大変よくできている」

今村育代

福岡にてきた新しヒル

天神の街に新しくできたビルを見つけたら、神さまはFukuoka Cityに降り立つと思う。大きな狛犬に寄りかかって、記念撮影するだろう。星がたくさんついたホテルをぽかんと口を開けて見上げる。人間の創造性もなかなかだ。いちばんいい部屋があると聞いて、当然自分には泊まる権利があるのではないかと思う。つくったのは人間だとしても、元々の材料をつくったのは誰だと思う?そもそもこの大地をつくったのは……と思うのだけど、人間になりすましているときそんなことが通じないことを神さまはご存知だ。諍いを起こすのはよくない。神さまは食事を楽しむことにする。寿司、ラー麺、クラフトビール。人類に知恵と器用な指先を授けておいて本当によかった。神さまは自分の傑作である果物が芸術品のようにグラスに盛られたパフェなるものをうっとりと見つめる。食いしん坊の神さまは味までも芸術的に美しいことにこの上ない幸せを感じながら、少し寂しい気持ちがした。何しろ負けず嫌いだから、自分だけが特別でいたかった。

中村弘峰

作:中村弘峰

少ししょんぼりした神さまは公園をふらふらと横切って、歳をとった大きな榎に手を当てる。自分が姿と命を与えたもの。木肌に触れながら見上げると、陽に透ける葉も空の青も美しくてほっとする。元気を取り戻して少し微笑んで神さまは思う。

この世界をつくってよかった。

今村育代

大名小学校時代の榎の木

文:今村育代
本と出会うための本屋「文喫」福岡天神のディレクターとして企画展示などを担当。都築響一 編『Neverland Diner 二度と行けないあの店で』(ケンエレブックス)のスピンオフZINE『Neverland Diner 二度と行けない福岡のあの店で』の制作に編集・ライターとして参加。

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