植村直己

読んでいると50年以上も前の本だということに驚く。少しも古臭さを感じさせない、登山家のバイブルと呼ばれる理由がわかる一冊だった。| 『青春を山に賭けて』 植村直己

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muto編集部

登山家・植村直己の大学時代、ドングリとあだ名された著者が、無一文で日本を脱出し、五大陸最高峰に初登頂し、アマゾン筏下りに成功するまでの青春記の古典的名著。

『青春を山に賭けて』 著:植村直己

植村直己というと屈強なからだと優しそうな笑顔が印象的で、まさに「山のおとこ」というイメージを持っていた。五大陸最高峰(モン・ブラン、キリマンジャロ、アコンカグア、エベレスト、マッキンリー)を世界で初めて踏破したその華やかな経歴から若い頃からプロの登山家として活躍した登山エリートなのだろうと思っていたが、この本は意外にも「本当に自慢できるような話しではない」という序文から始まる。
いま活躍する登山家・冒険家からも影響を受けた本として名前の挙がる本書。兵庫県に生まれ、明治大学のごく普通の大学生だった彼が人類未踏の山に挑む冒険家になっていく過程とその道程がリアルに語られている。

植村直己

「なんとなく地球の上をウロウロしているうちに五大陸の最高峰登頂ができた」と書いているが、確かに語られているのは志を持った若い青年が憧れのアルプスを目指して日本を旅立ち、手探りで冒険の道程を切り開いていくという、華やかさとはかけ離れた非常に泥臭いものだった。百ドルだけを持ってアメリカに渡り、メキシコ人に混じって農場で登山費用を稼いだ植村さんは、そこで不法移民取締官に捕まり強制送還されそうになるも、官吏に自分の夢への熱い想いを述べることでなんとか強制送還を免れ、欧州へ渡ることが許された。
「私は二十五、六ヵ国かけめぐったが、誰ひとりとして悪人はいなかった。ヒマラヤの山岳地帯に住むシェルパ族、アフリカのヤリを持つマサイ族にも、言葉は通じなくても心がかよった。」旅先のどんな人達とも親密に打ち解ける数多くのエピソードに彼の誠実な人柄が垣間見える。謙虚で不器用ながらもひたむきなその姿こそ、土地に関係なく人を魅了する所以なのだと思う。植村さんは数々の名峰を単独で登頂しているが、その背景には多くの人の助けがあり、その結集が遥か高みである五大陸最高峰踏破につながっていったのだとわかる。

彼の冒険はどれもダイナミックでその内容は読み手に迫ってくるものがある。クレバスに落ちて九死に一生を得たモン・ブラン。豹などの野生動物に脅かされながらピッケルを武器に登ったケニヤ山。麓から15時間の速攻で一気に登った南米のアコンカグア。「恐怖のどん底」と表現した60日間のイカダ下り。リアリティがありながらその語り口は常に素朴であるため、もしかしたら経験のない自分でもできるのではないか…と読んでいて錯覚してしまうほど。文章の表現も素晴らしく、特にゴジュンバ・カンを登る際に訪れたシャモニの描写が本当に美しい。(google mapを利用しながら読むとより町並みがリアルに想像できて非常に楽しかった)

読んでいると50年以上も前の本だということに驚く。少しも古臭さを感じさせない、登山家のバイブルと呼ばれる理由がわかる一冊だった。

著者プロフィール

植村直己
1941(昭和16)年、兵庫県生まれ。明治大学卒業。日本人初のエベレスト登頂をふくめ、世界で初めて五大陸の最高峰登頂に成功。76年、グリーンランドからアラスカまで1万2000キロ走破など2年がかりで北極圏犬ぞり旅を行ない、78年には犬ぞりを使った北極圏単独行とグリーンランド縦断にも成功。その偉業に対し菊池寛賞と英国のバーラー・イン・スポーツ賞が贈られた。84年2月、マッキンリーに冬季単独登頂後、消息を絶ってしまった。84年、国民栄誉賞受賞。
『北極圏1万2000キロ ヤマケイ文庫』より

Information

書籍名

青春を山に賭けて

著者

植村直己

出版社

文藝春秋

価格

¥726(税込)

この記事の著者について
[テキスト/佐藤弘庸]
1987年札幌生まれ。2009年日本出版販売への就職を機に上京。入社後は紀伊國屋書店を担当。
2011年にリブロプラス出向。2016年より日販グループ書店の営業担当マネージャー。
2022年より文喫事業チームマネージャー兼 文喫福岡天神店 店長。

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