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『きみだからさびしい』著:大前粟生
想いを告げたら、あやめさんはこう言った。
「私。ポリアモリーなんだけど、それでもいい?」
ポリアモリーとは、複数の人とオープンな恋愛関係を持つこと。
あやめさんのことは丸ごと受け入れたい。だけど… [ 本文より ]
ジェンダーやセクシュアリティの話はもうわかった、もうたくさんだ。そんなふうに言う人がいてもおかしくないくらい、小説も映画もテレビも、ジェンダー平等や性の多様性を主題とする作品が増え、また注目される時代になっている。
今年1月から3月にかけて放送されたNHKドラマ『恋せぬふたり』は、他者に恋愛感情を抱かない「アロマンティック」、他者に性的欲求を抱かない「アセクシュアル」のありかたを描き、決めつけず、無理をせず、正直に生きることの価値と、社会生活上の軋轢を訴えた。
本書は、2020年刊行の『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』でジェンダー文学の新星と称賛された著者の新作だ。
主人公のポジションを敢えて分類するなら、シスジェンダー男性のヘテロセクシュアル。身体的な性と性自認が一致している異性愛者、要するにマジョリティの男性ということになる。但し、女性に対して暴力的でないか、抑圧的でないかを常に意識し、性差別や性暴力の構造に加担することのないよう自制する規範を内面化している点で、マジョリティ男性の現代的なありようを体現している。
その主人公が、恋をする。相手は、シスジェンダー女性のヘテロセクシュアルで、ポリアモリーだという。ポリアモリーとは、複数の相手と同時に恋愛関係を結ぶことを是とする立場で、いわゆる「浮気」や「不倫」とは異なり、その複数の恋愛関係を相互に承認することを前提とする。つまり、同意に基づく倫理的な複数恋愛関係ということになる。主人公は、恋する相手から、その同意を求められるのだが、1対1の排他的な恋愛関係しか想定していないモノアモリーの主人公にとって、そうかんたんに受け入れられる提案ではなかった。
多くの人が、一般論としては、多様性の尊重おおいに結構、人は自由に生きるべきだし、社会は平等であるべきだと言うだろう。しかし、自分自身の利害と衝突するとき、私たちは、どれほど相手の立場を尊重し、受け入れ、共存可能性を探ることができるだろうか。
この小説は、恋愛小説として人を好きになることを根本のところで肯定しつつ、同時に人間関係における相互承認の倫理を試す。マジョリティの男性を視点に置いたことで、多くの読者にとってわかりやすいケーススタディになっている点も、評価したい。
大前粟生プロフィール
10992年生まれ。小説家。東京都在住(京都→東京 引っ越しました、たまに関西戻ったりもします)。著書に短編集『のけものどもの』(惑星と口笛ブックス)、『回転草』『私と鰐と妹の部屋』(書肆侃侃房)。中編小説『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』(河出書房新社)『おもろい以外いらんねん』(第38回織田作之助賞候補作。河出書房新社)。100の短文と絵の本『岩とからあげをまちがえる』(第14回日本タイトルだけ大賞受賞。ちいさいミシマ社)。宮崎夏次系さんとの共作絵本『ハルにははねがはえてるから』(亜紀書房)。短編小説の電子配信『話がしたいよ』(U-NEXT)。長編小説『きみだからさびしい』(文藝春秋)。児童書『まるみちゃんとうさぎくん』(絵・板垣巴留、ポプラ社)。22年春に歌集『柴犬二匹でサイクロン』(書肆侃侃房)刊行。
INFORMATION
書籍名
きみだからさびしい
著者
大前粟生
出版社
文藝春秋
価格
1,500円(税込)
発売日
2022年2月
ISBNコード
9784163915029