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『鳥がぼくらは祈り、』著:島口大樹
この小説のすごさを言葉で説明するのは難しい。
とりあえず騙されたと思って読んでみてほしいと言いたくなるが、さすがにそれだけでは通用しないだろうから、いくつか参考情報を並べてみよう。
2021年度、群像新人文学賞は2作同時受賞で、ひとつは石沢麻依『貝に続く場所にて』。これはその後、芥川賞を受賞した。そしてもうひとつが本書で、その後、野間文芸新人賞の候補になっている。
著者は1998年生まれ。大学を卒業して会社勤めをし始めたばかりだ。作品は埼玉県熊谷市を舞台とする、男子高校生4人の物語。青春群像小説といっていいだろう。著者自身、埼玉県立熊谷高校の出身だというので、若手のデビュー作らしく、ある程度は自身の体験を素材にしているのかもしれない。
ちなみに、熊谷市の人口は約20万人なので、福岡県でいえば春日市と大野城市を足したくらいの規模感だろうか。
読み始めてすぐに気づくのは、独特の文体、特に視点の動きだ。群像新人文学賞の選評で、松浦理英子がこう書いている。
私がいちばん感心したのは〈一人称内多元視点〉と呼ぶべき視点のつくり方だった。全体の語り手は「ぼく」なのだが、時折り三人の友人のうちの一人の三人称一元視点が現われる。しかし「ぼく」は語り手の地位を放棄するのではなく、「山吉が振り向いて遣った視線の先にいたのがぼくだった」と書かれるように、三人称一元視点も「ぼく」の一人称の語りの内にある。(中略)作者は整合性と必然性をもって〈一人称内多元視点〉を成立させている。(中略)これは文学的に有意義な試みだと思う。決してラディカルさのためのラディカルさではない。
傑作『最愛のこども』を「わたしたち」という一人称複数形の人称を用いて書いて読書界を唸らせた松浦理英子にここまで言わせた。『最愛のこども』がそうであったように、本書もまた読者を物語世界に引き込むうえで人称の設定が大きな効果をもつ。小説の技術論には興味のない読者であっても、読み進めるうちに感心するに違いない。
4人の高校生の物語は、あらすじを紹介して目を引くような「特別」なものではない。暴力の陰や、社会との軋轢は当然にあるとしても、もしかしたら、ありふれていると思われるかもしれない。しかしだからこそ、この書き手は細部にこだわった。4人の関係性や、社会との距離感を正確に描写する必要があった。そのための技術を備えてデビューした。
騙されたと思って読んでみてほしい。
著者プロフィール
島口大樹
1998年、埼玉県上尾市生まれ。横浜国立大学経営学部卒業。現在、会社員。「鳥がぼくらは祈り、」で第64回群像新人文学賞を受賞。
Information
書籍名
鳥がぼくらは祈り、
著者
島口大樹
出版社
講談社
価格
1,540(税込)
発売日
2021年7月
ISBNコード
9784065243077