住む憧れ「グランドメゾン」の人気の理由。
福岡を代表する人気ブロガー&ライターの上野万太郎さんの新連載シリーズがスタートします。万太郎さん自ら惚れ込んだ”あの場所のこの人”を紹介する『上野万太郎の「この人がいるからここに行く」』。第1回目は、福岡市博多区、冷泉公園横にある、あの、気になるカメラ店の店主・後郷壽雄さんです。
1945年9月に創業された老舗カメラ店
福岡市には旧博多市街と呼ばれるエリアがある。
現在のJR博多駅より数キロ北西に位置し、その昔は博多の中心として栄え、博多の伝統文化や山笠で有名な櫛田神社などの歴史的な遺産がたくさん残っている地域である。そこに、創業78年を迎えようとしている「カメラのゴゴー商会」がある。
36年前から2代目・後郷壽雄さんが店を継いでいる老舗カメラ店である。
写真を撮るといえば、スマホやデジタルカメラが当たり前の現代に「カメラのゴゴー商会」の店頭には中古のフィルムカメラやレンズがズラリと並べられている。ここを訪れるのは、僕のような若い頃にフィルムカメラを触っていた中年以上の世代だけではなく、その子供たちが親の使っていたフィルムカメラに憧れて右も左も分からずに相談に来ることもあるという。
僕自身も中学生の頃にオリンパスOM-1というフィルムカメラを買ったカメラ少年だったのだが、10年くらい前からフィルカメラが懐かしくなって「カメラのゴゴー商会」に相談に来たのが後郷社長との出会いだった。
そもそも「カメラのゴゴー商会」は、昭和20年 9月、現在の後郷社長のお父様である原壽(げんじゅ)さんが大博道路沿いに開業したのが始まりだった。無類のカメラ好きであった原壽さんは、戦後の混乱の中でアメリカ軍物資の調達ルートを確保し、カメラを仕入れることに成功した。元々はサラリーマンだった原壽さんだが、破天荒で頑固な性格、さらにハイカラでモダンな人だったそうで、「ここに商機あり!!」と判断するや否やカメラ店を開業したという。
原壽さんは、生き方や発想がユニークな人で「百円札を百三十円で買い入れます」という文字を市内電車の車体の外面にどーーんと書いた広告が当時話題となった。これには但し書きがあって、「お買い上げフィルム1本毎に1枚」と書かれていた。つまりフィルム1本買うと30円値引きしてくれるということ。そんなアイディアマンだった原壽さんのカメラ店は、戦後復興から高度成長の道を進む博多の街で人気店となっていった。
女性関係も賑やかだったようで、とにかく面白いお父様だったようだ。息子である後郷社長によると、「シャッターボタンは女の乳首に触れるように優しく押せ」と若いお客さんに教えたり、気に入らない客には「あんたにはこのカメラは売らん」と帰ってもらったり、今では考えられないような商売人でしたよ、とのこと。それでも昔からのお客様から、「あんたのお父さんはカメラのことを教えながら人生を教えてくれたもんなぁ」と言われることもあるそうで、とにかく人情味が熱く、博多っ子そのもののような人だった。
先代社長の他界
昭和60年に父・原壽さんが病気のため75歳で他界された。カメラを愛し、お客様に慕われた原壽さんだったが、お金や計算よりも人情で商売するところもあり、後郷社長はそれなりのリスクを背負ってからの2代目のスタートとなったそうだ。
小さい頃からカメラに触れ、カメラ好きだった後郷社長。先代を手伝いながらカメラの仕事を事業承継するのが理想だったが、借金ごと店を引き継ぐというのは当然ながら周りの反対もあった。選択肢としては、相続放棄してサラリーマンになることも出来たし、自分でカメラ店を新規設立する方法もあっただろう。それでも先代が残した会社をそのまま引き継ぐ決断をした。
「私は、博多の街に生まれて地域の人たちと暮らしてきました。父と一緒に山笠に参加し、山笠と博多の街に育てられたと言っても過言ではありません。山笠には、長幼の序を重んじ、地域の連帯を大事にする伝統が強くあります。そんな環境で生きている自分にとって、父の店を辞めて他の道に進むことは、自分自身の気持ちに反する気がしましたね。博多を、そして山笠を愛する人間としてそれは出来ませんでした。」
後郷社長は、その言葉通りに店を引き継ぎ、借金は数年かけて完済したそうだ。
カメラのゴゴー商会 2代目店主・後郷壽雄さん
2代目後郷壽雄さんの「カメラのゴゴー商会」
昭和61年に大博道路の拡幅工事に伴い冷泉公園前に移転。まさに2代目後郷社長として「カメラのゴゴー商会」の再スタートとなったのが現在の店舗だ。
店舗正面上部の看板には、古いライカ製カメラのファインダーをのぞきながら、こっちを見る大きな顔の外国人男性風の絵が描かれている。これは以前の店舗に掲げていた看板の写真を元に製作された。
ショーウインドウにはフィルムカメラがたくさん並んでいる。いつもお客様にオープンな感じで入り易い店にしたかったため入口に扉がない、ユニフォームは蝶ネクタイ、後郷社長の口ひげも印象的だ。BGMにはJAZZが流れている。老舗でありながら、オシャレなカメラ店は、フィルムカメラを中心としたカメラファンに長年支えられてきた。それもこれも後郷社長の「フィルムカメラの楽しさを少しでも長く若い世代につなげていきたい」という想いが伝わったからだろう。
蝶ネクタイがユニフォームということからも想像できるが、後郷社長は、西南高校・西南大学卒業出身でどちらかというとお坊ちゃま的な環境で育ったこともあり、接客も言葉使いが丁寧でしっかりとお客様の気持ちになって懐に入って来られる優しいタイプだ。その反面、気の荒い山笠の中ではちょっと肩身の狭い思いをしたこともあったそうだ。しかし、人間関係を大事にし、人に助けられて来たという後郷社長は、最終的には、山笠においても東流の総務を務めることが出来たという。
「西南高校時代はとても楽しかったです。今の自分のベースとなる人間形成を育んだ時間だったと感謝の気持ちでいっぱいです。今でも西南高校時代の先生や友人との強いつながりがあり、プライベートでも仕事上でも助けられていますよ。山笠を愛する博多っ子、それと同じくらい西南のOBとしての誇りがあります。」
(撮影:斎藤巧一郎様)
フィルムカメラの魅力
そもそもフィルムカメラの魅力とは何だろうか。私も古いフィルムカメラは10台以上所有しているがデジタルでは表現できない柔らかい光の色を出せるところがとても良いのだ。デジタルはデジタルの良さがあるので、比べるというよりは全く別物だと思う。そしてデザインも含めて現代の工業製品にはない機能美を感じる。さらにフィルムを巻き上げ、絞りやシャッタースピードを自分で設定して、最後にピントを合わせてシャッターを押す。その一連の動作がなんとも言えず儀式のようで「写真を撮ってる!!」という集中力を強く感じることが出来るのだ。また、その一つ一つの動作から奏でられる音がたまらない。音に関しては、メーカーや機種によってそれぞれだ。それを語るだけでもフィルムカメラファンは酒が呑めるのではないだろうか。
残念なことに最近は、フィルム代が36枚撮りで2,000円前後するので、現像代やプリント代を含めると1枚当たりのコストが100円を超す時代になってしまった。だからこそ1枚1枚のシャッターを押すときの覚悟が違うのだ。
そんな話を後郷社長の前で話していると、ニコニコとほほ笑みながら「そうでしょ?」と聞いてくれて、フィルムカメラファンのいろんなお客さんのカメラ愛のエピソードを聞かせてくれるのだ。
全国で開催されている中古カメラの展示販売会
東京、名古屋、大阪、福岡などの百貨店の催事場などで定期的に開催されている中古カメラの展示販売会というものがある。後郷社長は、自ら販売員として中古カメラをもって参加されている。東京銀座などで開催されるイベントでは、6日間での会場全体の売上が数億円にもなるそうで、世界からカメラファンやバイヤーが買い付けに来るほどちょっとしたフィルムカメラブームになっているようだ。
「博多も負けとられん!」と後郷社長は、博多井筒屋、博多大丸でのカメライベント開催を経て4年前から「クラシックカメラ博in博多」を博多阪急で主催されている。東京や大阪に負けないくらい福岡、九州でもフィルムカメラファンと盛り上がりたいという想いがある。九州外からのカメラ店の参加もあるが、福岡や九州で頑張っているカメラ店に声をかけて地元から盛り上がっていきたいと思っている。毎回マスコミにも後郷社長の活動が取り上げられ、4回目の今年の開催も無事、成功に終わった。
これからのこと
「カメラのゴゴー商会」は町のカメラ店として量販店にはない役割があると思う。訳も分からずフィルムカメラに興味を持った素人客へも、その人の知識や経験のレベルに合わせた説明を後郷社長ならしてくれるだろう。そんなカメラ店は少なくなってきた。後郷社長は人と人の繋がりを大事する人である。物が売れる方法より、お客さんが喜んでくれることを考える人。それは山笠や西南時代に学んだ人としての生き方が商売に現れているといえるだろう。
COVID-19明け以降は、外国からのお客さんも多いそうだ。ネットで検索して「カメラのゴゴー商会」のことを知り、商業地からはちょっと離れたこの場所まで訪問してくる外国人のフィルムカメラファン。最近ではそういう人たちのちょっとした聖地にもなっているようで、購入はしないでも後郷社長と一緒に写真を撮ってもらう人もいるらしい。
カメラ業界はすっかりデジタルでオートマティックになってしまった。しかし、ドイツの名門カメラメーカーのライカのようにいまだにマニュアル操作を必要とするカメラもファンの中では根強い人気なのだ。カメラ店とて同じことかもしれない。ネットショップや量販店に行けば安くて品揃えの多い商品から選べる時代だが、それでも「カメラのゴゴー商会」のようなアナログで人間臭い小さなカメラ店がカメラファンに愛される理由がそこにあると思う。
僕が後郷社長から購入したフィルムカメラで撮影
実は今回、後郷社長にmutoで記事にしたいから取材させてくださいとお願いした時、ご飯でも食べながらお話しませんか?と逆にお誘いをいただいた。僕のいつもの取材方法は、たとえ食事をしながらでも、紙と3色ボールペンを横に置いて聞きながら、書きながら行うのだが、今回はメモひとつ取らない取材だった。こんな取材は過去100回以上の取材経験の中でも初めてだった。
「まあ呑みながら楽しく話しましょう」と言う後郷社長の人間臭いオーラを感じ、メモを取るなんて粋ではないな、と僕は察したのだ。
おかげで、ざっくばらんに先代社長のこと、西南高校のこと、山笠のこと、2代目としてカメラ屋を継いだこと、ここには書けないような秘密の面白いお話しをたくさんお聞きした。
僕は日頃から外食ばかりしている。食事をするのは当たり前だが、どちらかというと遊び場として飲食店を訪れている。キッチンの奥でスーパーシェフが素晴らしい料理を作る大きなレストランより、目の前で料理をしながら、食材のことや調理のことに限らず、人生や夢の話しをしてくれる店主やシェフがいる店に行くのが好きだ。
「カメラのゴゴー商会」の客になるのはこれと同じかなと思った。カメラ好きはただ単にカメラの話をしているだけで楽しいのだ。人と人との付き合いの中で手取り足取りカメラの楽しさを教えてくれる後郷社長。世の中にそんな店が数は少なくはなれど、まだまだ100年くらいは生き残ってもらいたいものだ。フィルムカメラ、オールドカメラに関わらず、カメラマニアから初心者まで、カメラ好きの方は是非に後郷社長に会いに行って欲しい。
今日も扉のない入口から「社長はいらっしゃるかな?」と中をのぞいてみる。「あら、上野さん!」と返事が来たら、ついつい立ち話に楽しい時間が過ぎていくのである。
INFORMATION
店名
カメラのゴゴー商会
住所
福岡市博多区上川端14-5
営業時間
10:00〜18:00
店休
第1・第3・第5日曜
(ただしイベント出店などのための店休あり)
URL
業務内容
最新のデジタルカメラから中古フィルムカメラまで世界中のカメラ販売。ライカカメラジャパン正規特約店(九州では2店のみ)、撮影用品や写真材料等の取り扱い。中古カメラやレンズ、カメラアクセサリー類の買取。下取り交換や委託品の店頭販売・全国百貨店イベント会場での販売。メーカーが引き受けしない旧式カメラ等の修理受付