
住む憧れ「グランドメゾン」の人気の理由。
公開日
建築家 松岡恭子
テラスからの夜景(ONE FUKUOKA HOTEL提供)
福岡を拠点に内外で活躍されている建築家・松岡恭子さんの連載シリーズ、今回は、前回に続きこの春、福岡天神1丁目1番地にオープンした『ONE FUKUOKA BLDG.(通称 ワンビル)』です。展望してわかる天神の魅力、松岡恭子さんの秀逸なコラム、お楽しみください。
1回目(ワンビルを通した天神の時間の旅(第一回))はワンフクオカビルの1階について書きました。2回目は最上階についてお話します。
なんとかと煙は高いところが好き、というけれど、私も高いところが大好きなので、展望台とか最上階とか聞くと旅先で足を運ぶことが多い。その建築の建設背景、建物全体の内容構成、展望台への動線計画などを学べるし、何よりも眼下の景色からその街の歴史や変化に想いを馳せる機会になる。
90年代にニューヨークで暮らしていた頃、街のシンボルだったツインビル、ワールドトレードセンターの屋上に何度か行ったことがある。約400メートルの高さを誇った2本のタワーには、一方の屋上に展望台、もう一方にはウィンドウズ・オン・ザワールドというレストランがあった。展望台はただ手すりに囲まれただけの屋外通路で、何となく寂しい、置き去りにされた気にさせられる場所だったが、その空虚さと浮遊感がなんとも心地よかった。自分の存在を大声をあげて確認したくなるような孤独を突きつけられる場所だった。あの場所がなくなったのがとても寂しい。
ミッドタウンのエンパイアーステイトビルの展望台は、誰かが日本から遊びに来るたびに案内したがいつも大賑わい。
そしてパリに行ったらやっぱりエッフェル塔。新技術を駆使した鉄骨剥き出しの構造物に当時はネガティブな意見が続出したが、今はご存知の通りパリのシンボルになっている。展望台から見下ろす景色には、高さや様式をそろえた統一感ある建物群と、都市計画家オスマンが大鉈をふるった街路整備が一望できる。
近年でも世界の大都市で超高層建設が続いているが、ただ高いだけでは関心が湧かないことに気がついた。やっぱり建物そのものに魅力がないと行く気がしない。バルセロナのサグラダファミリアの完成が間近になったが、その塔の頂上をいつか訪れたいものだ。
さて身近な天神の話。
天神の交差点を囲った建物たち、すなわち岩田屋、天神ビル、福岡ビル、天神コアにはある共通点があった。それは最上階が市民が足を運べる場所になっていたこと。夏になると職場の仲間や友人とビアガーデンに出かけませんでしたか?
数百席ある広々とした場所、期間限定、日の入りの遅い福岡の夕暮れを頭上に飲食できる楽しさ。
価格もリーズナブルで、少々暑くても冷たい飲み物が揃っていて、屋上は夏の都心のレジャースポットだった。
そうやってつらつら思い出すと、天神の屋上と、そこから眺める街の景色は「みんなのもの」だったなと思う。それほど高い場所だったわけではないけれど、やはりビルの最上階や屋上に行くのは言い得ぬ高揚感があった。屋上は「公共空間」だったのだ。
大丸百貨店が入っている西日本新聞会館の屋上では、今年も5月から「天神スカイビアテラス」がオープンしている。(今年は10月12日まで!)
福岡ビル屋上とその南側の風景(撮影:針金洋介)
閉鎖後の福岡ビルのビアガーデン(撮影:針金洋介)
閉鎖後の天神コアのビアガーデン
ところでワンフクオカビルが完成し、天神に戻ってきた西日本鉄道本社の入り口には、福岡ビルができた頃の天神を復元したジオラマ模型がある。焼け野原だった1945年から、いろいろな時代があって、今の天神があるんだなあと先人の努力に頭がさがる。
西日本鉄道本社にある天神のジオラマ模型
ジオラマ模型の「昭和の天神」
多くの人が驚くけれど、旧岩田屋百貨店(現PARCO福岡)の屋上は遊園地だった。遊具で遊んでお子様ランチを食べた、という思い出のある方もおられるはず。
ジオラマ模型に見る旧岩田屋百貨店の屋上の遊園地
遊具の位置は結構正確に再現されているらしい
4月にオープンしたワンフクオカビルには、最上階19階にレストランアンドバーTHE KITCHENができた。北側に博多湾を一望すると、こんなに海が近かったっけ、と驚く。南西の山々も空気の澄んだ日には山肌まで見え、私たちは恵まれた環境に暮らしているんだなと感じる。こういう感動をかつてのビアガーデンでは得られなかったのは、高さが足りなかったのと、眺めを楽しむしつらえになっていなかったからだろう。このレストランはホテルの施設の一つではあるが(実際バーカウンターの端部はチェックインカウンターになっている)、宿泊客でなくても利用できるのだから公共性が高い。パルコの西側に完成したヒューリックスクエア福岡天神にも、THE GATE HOTELのレストランAnchor Grill が最上階にある。
どちらも地上約90メートルのレベルにあるが、この高さは意外に絶妙だ。東京の超高層ビルのように地上数百メートルの場所だと風が強くて屋外に出るのは難しいが、外気に触れながら景色と飲食が楽しめるテラス席があるのは嬉しい。それほど地面から遠ざかっている気がしないのに、福岡市を俯瞰できる。これは、かつてのビアガーデンが新しい形で生まれ変わったとも言えるのではないか。空に近く港を見下ろし山の端の重なりを遠く眺められる空間では、いつもとは違う会話もできるかもしれない。もちろん本を片手に一人でゆっくりグラスを傾ける夕暮れも素敵だ。
ワンフクオカビル最上階のTHE KITCHEN(ONE FUKUOKA HOTEL提供)
テラスの夕暮れ(ONE FUKUOKA HOTEL提供)
テラスからの夜景(ONE FUKUOKA HOTEL提供)
ランチタイムは博多湾を一望
天神ビッグバンで再開発される建物群に、市民が天神に行きたくなる場所をあちこちに設置していくことはとても大切なことだ。人と人が語り合って楽しい時間を過ごす場は、暮らしの質と幸福感に直結すると思う。
「どんな時間を過ごせるか」に私たちの心がこれまで以上に重きを置いている時代に、「おうち時間」だけでなく都心だからこそできる体験をもたらすことは重要だ。アクロス福岡のシンフォニーホールや福岡銀行FFGホールでのコンサート後、その余韻を最上階からの夜景と共に楽しむ、なんていうのも「全てがご近所にある」天神ならではの魅力だ。
そうすると警固公園の地下(現在は駐車場)に引っ越してくる予定の福岡アジア美術館も、天神の地下空間を充実させてくれる文化的存在になるんだろう。そして近隣にもアートギャラリーが増えてくる、みたいな「文化の散水機」になるんじゃないだろうか。
もう一度ビルの屋上に目を向けてみよう。
アクロス福岡のステップガーデンに登ったことがあるだろうか?今や植生も豊かになって、緑をくぐり抜けながらちょっとした山登りを楽しめるのだが(といっても結構きつい)、登りきった屋上の広場の爽快感は特別だ。別にカフェがあるわけでもなく、なんのサービスもないのだが、一汗かきながらたどり着いた場所から海や空港や山を見渡すというのは、ユニークな体験だ。
アクロス福岡の屋上へ上る階段(撮影:針金洋介)
アクロス福岡から天神中央公園を見下す(撮影:針金洋介)
北に広がる博多湾、西側には天神ビジネスセンターの上層階(撮影:針金洋介)
最上階、地下空間とそのネットワーク、さらに屋上に上る道のりも面白いという天神という街は、つくづく世界に誇れる魅力があると思うのだ。
冊子版mutoの紹介