「気持ちって伝わるんですよね」|美容師:公平匡彦

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muto編集部

17年間に渡り東京『of HAIR』で研鑽を積み、2022年9月に東京・武蔵小山にヘアーサロン「QUOKKA」を開業した公平匡彦氏。彼自身の手となり指となる道具への思いを、彼へ鋏を託す東京シザーズ内山の西村欣也氏を交えながら伺った。

” ハサミの良し悪しは使い手が決めること。
技術に満足して自分で 100 点を付けるものじゃない。使う人から教わり、学ぶことをやめてはいけない “

『シザーズ内山』と『B-LEX』の鋏

福井駅で新幹線から車に乗り換えて小一時間往けば、北陸の小京都と称される越前大野へと辿り着く。周りを囲む美しい山々、天高く広がる清らかな空気、そして澄み切った湧き水。その土地で60年近く本社と工場を構えるのが有限会社シザーズ内山であり、そこから日本各地へ、ひいては世界へと届けられるのが『シザーズ内山』と『B-LEX』の鋏だ。

現在流通している鋏は、製造工程のほとんどを機械が担っていることが少なくない。効率と採算を考えればとても理にかなっているし、そうして生まれる鋏のほとんどは素晴らしいサロンワークを支障なく支えているはずだ。しかし、それではどうしても失われてしまうものがある。

数多くの手作業を経てやっとのこと生み出される、シザーズ内山製の鋏たち。そこに膨大な作業時間が必要なことは、誰でも簡単に想像できるだろう。しかし、本当に大事なことというのは、いつでも数字で表すことが難しい。良い映画に出会ったときの高揚は?美味しいものを食べたときの充実は?大切な人と一緒に見た景色の美しさは?それをありありと感じるためには、自分も同じ経験をするほかに方法はない。

内山喜晴社長曰く「鋏なのだから切れて当然、本質はその先にある」とのこと。それは“切れ味”だったり“手の馴染み”だったり、使い手によって表現方法は千差万別だ。ここで重要なのは、使い手たちがシザーズ内山の鋏から “何か”を、確実に感じているということだろう。シザーズ内山の一つ一つの作品には、作り手が積み重ねてきた技術だけでなく、関わる全ての者の想いが込められている。少し不思議な話に聞こえるかもしれないが、その想いは無言の鋼に豊かに宿り、確実に使い手の元へと届く。そうして丁寧に紡がれた糸は、遥か遠くへとつながってゆく。

対談:公平匡彦(QUOKKA/オーナー)& 西村欣也(東京シザーズ内山)

今ではもう内山さんのハサミが40丁以上になりますね

西村欣也さん(以降N):おいくつでしたっけ?
―32です。
N:公平さんはいくつだっけ?
公平匡彦さん(以降K):僕は今38です。
N:年齢が近いね。自分の5歳下から5歳上までをお客さんにしなかったらダメなんで、そうなると昔からのやり方を続けていっても、商売は当然芳しくならないですよ。
K:必要に応じて新しい発信をしていくってことですよね。これからの時代 ってどうなんだろうなあ。

―お二人の出会いはいつになるんでしょうか?
N:ここ1、2年のお付き合いじゃないんですよ。もう10数年になるかな。 K:自分の先輩(ヘアーサロンorga森祐仁オーナー)が辞めて独立するってときに「お前に最後紹介したい人がいるんだ」と言われて。僕はその日たまたま休みだったのですが、西村さんもたまたまお店に来られていたんです。その場で「ウチに来なよ」「今いけます」というやり取りがあり、そのまま西村さんの車でここ(東京シザース内山)に来た。振り返れば、そこが始まりです。

―初めて会って、そのままスタートしたんですね。
K:そうです。それまで他のハサミを使っていたんですが、今ではもう内山さんのハサミが40丁以上になりますね。
N:ウチの20丁用のケースに入りきらないんだから。コアレス(シザース内山が初めて製品に導入した、武生特殊工業によって開発された鋼材。この場合はコアレス鋼材を使用した鋏の意)だけで7 ~ 8丁はあるかな?

K:もうちょっと多いかもしれないですね。というのも、内山さんがコアレスを使ってハサミを作るってなったときに、試作の段階から携わらせていただいたんです。いろんな形で切って試していた、そのハサミが今も残っています。

今のコアレスは金属の層が90層くらいになっているけど、その経過をすべて彼は知っていますから。

―商品化する前のお話ですね。
N:要は、今のコアレスは金属の層が90層くらいになっているけど、それが40層だったとき、60層だったとき、70層だったときと、その経過をすべて彼は知っていますから。
K:刃に模様が出る前の段階のものとかですね、使っていました。あれって何年前ですか?
N:コアレスが出て、もう6年くらいかな。
K:それまで僕はステライト(シザーズ内山製品に使用される、高い耐摩耗性を誇る非金属)を使っていたので。そこから全部コアレスに変わってきました。そこからですかね、バッと広がったのは(オブヘアー)の社員は100名以上いますが、今はもう半分以上が内山ユーザーです。独立していった子たちもYouTubeで発信したりして、さらに広がっていっているという感じですかね。

まだ良いハサミに出会えていない美容師さんは一杯いると思います。

―内山シザーを使われる以前から、ハサミは好きだったんですか?
K:好きというか、それまで使っていたハサミがどうしてもしっくりきてなかったんでしょうね。特に理由はないけどコロコロ変えるっていうのは、そういうことだと思うので。切れ味とか、使い心地とかがね。今はもう他のハサミは使えなくなっちゃったな、という感じです。

―なるほど。
K:ハサミ自体は、好きというか、カットするのには必要なものじゃないですか。僕は偶然にも良い出会いがありましたが、まだ良いハサミに出会えていない美容師さんは一杯いると思います。あとは「ハサミは高いから」という考え方の人がまだ多いと思います。変な言い方ですが、ハサミってお金を生むものだし、お客さんに喜んでもらって、なおかつ売上という形で還元してもらえるというものだと僕は思うので。

「ほら言ったでしょ。道具は大事なんだよ」

―美容師さんの数だけ考え方もあるということですね。
K:ハサミにこだわるというか、自分に合ったものを探すっていうのは絶対に必要なことだと思います。ウチの社員にも「ほら言ったでしょ。道具は大事なんだよ」って言っています。彼らも最初は「なんでそんなにハサミ持ってるんですか?」ってところから始まるんですが、それは単純に持ってないからなんです。人ってやったことがないことや、使ったことがないものに対して、理解が出来ない生き物じゃないですか?僕はいっぱいハサミを持っているからすごいんじゃなくて、使ってることで分かってくるというか…

―気づいたら増えていた、というような感覚なんでしょうか。
K:そうですね。あとやっぱり、必要なので。そこに気付いていない美容師さんは多いなって思います。あと、ある程度ポジションが上になってきたり、カット自体ができるようになってきたりすると、教えてもらえることもなくな ってくる。そんな時でも、ハサミが教えてくれるんですよ。
―そういうものなんですね。

ハサミと、その作り手さんとの信頼関係が大切なんです。

―そういうものなんですね。
K:そう。こう切ったらこうって…それこそこの感覚って、僕が40本使っているから分かることであって、使っていない人には分からないと思います。 ―ハサミを使い分けることでしか積み重ねられない経験値があるんですね。 K:だからやめられないんです。自分が上手いと思ったことはないし、「もっともっと」って思いますし。ある程度満足したら人ってやらなくなると思うんですけど、そうなるとつまらない。経営者さんでもハサミを置く人もいますが、カットが楽しい人は経営しながらも続けると思います。ハサミって、そういう道具なんだと思います。もちろんハサミと、その作り手さんとの信頼関係があってのことですが。

―単純に商売のために使うモノ、という言い方はハサミには相応しくないですね。
K:良い道具ってそうなんじゃないですかね。導かれるというか。

極端な話、指で切れたらいいですよね。

― “体の一部”という表現もありますね。「よく切れる」とか「長切れする」とかだけでは言い表せない部分が大きいのでしょうか。
K:切れる、とかは他のメーカーさんでも打ち出せますしね。極端な話、指で切れたらいいですよね。

―『シザーハンズ』みたいにですか?
K:そうです。そうしたら自由に扱えるじゃないですか。だから“指先になる” のがハサミなのかな。
N:ペンと一緒ですよ。太い字を書くためのペンは先も持ち手も太いし、細い字を書くためのものはペン自体も細くなっている。包丁だって、鯛の頭を切り落とすのか、アジを開くのかで選ぶものが全く違う。

時間を考えるとき、道具は絶対に必要です。

―西村さんがオーダーを受けるときには、やはり何をするかが最初にくるのでしょうか。
N:一番手に合うものを薦めて、合うように作ってもらいます。用途が違えば細かいところまですべて変わるので。

―何をしたいかでハサミを選ぶということですが、お客様によって使い分けるということもあるのでしょうか。
K:ありますよ。硬い毛と柔らかい毛、太い毛と細い毛。多いか少ないかも関係あります。あと僕は結構スピードを意識しているので。美容室で料金をいただく中では時間というものが重要になります。同じ料金をいただくとき、技術力がない上に切れないハサミで仕事するのか、切れるハサミで早くてクオリティの高い仕事をするのか。そのとき、道具が直結してくる。単に早く帰すということではなく、いい仕事をして満足度が高ければ、それに越したことはないじゃないですか。映画でも、飽きずに2時間観られるものは、それだけの内容が詰まっている。時間を考えるとき、道具は絶対に必要です。

―必要だから増えていく、という感覚が理解できてきました。
K:雨が降ったら傘を差すのと同じですよ。

N:僕も公平さんに「このハサミがいいから買いなよ」っていったことないですよ。
K:ないですね。だいたい使ってみると欲しくなっちゃいますよね。

内山さんのハサミはどこまでも対応してくれる

―出来るお仕事がすぐに想像できると。
K:そういうことですよね。後輩に対しても「いいよ」とは言うけど、食わず嫌いの人も、最初疑ってた人も、結局使うっていうことはそういうことだよねっていう。内山さんのハサミはどこまでも対応してくれるし。あとはまあ、好みもあるんで。僕は野球をやっていたんですが、グローブも人それぞれでしたし。昔から道具にはこだわってました、正直。

―そうだろうと思いました。
K:小学校の時に部活で卓球をやっていたときも、ラケットはこだわってオ ーダーしてました。その頃から道具が好きなんだなってのはありますね、大事に使うってところまで。年齢もあってかよく誘われるんですが、僕ゴルフはやらないんです。なんでかっていうと、絶対ハマっちゃうのがわかってるから(笑)。

―時間がとられると。
K:というより、道具を買わなきゃいけないじゃないですか。こだわるとあれもいいこれもいいってなりますから。
N:そうしたらゴルフのプロにならないと。
K:そうなんです、道具ってそういうものですから。

幸せは自分で作るものだと思う

―そういった道具へのこだわりが、カタチを変えてお客さんにも伝わっている気がします。
K:古い言い方ですが、気持ちって伝わるんですよね、結局は。新しいハサミを使ったりして楽しく仕事していると、それが相手にも伝わる。お客さんもインな人に切られたくないと思うんですよね。幸せは幸せを生む。幸せは自分で作るものだと思うし、だからどうやって幸せになるかって考えるし。道具は技術者を幸せにしてくれて、同時にお客様も幸せにしてくれるものなんです。今度お店をやるんですけど、名前が『QUOKKA』ていうんです。 QUOKKAは“世界一幸せな動物” って言われていて、その呼ばれ方が気に入ったんです。幸せって言葉っていいなあって。お金持ちだからって幸せだとは限らないわけで。

K:一番最初に内山さんに会ったときに言われた「モノは値段じゃなくて価値だから」って言葉がずっと残っています。モノには高いも安いもないんだなって思ったし、それで美容師としての考え方も変わった。ざっくり言えば、僕がたくさんハサミを買ってもお客様に還元してもらえる。今8,000円くらいでカットしていますが、「高いね」と言われることもあります。けれど、それは価値なので。その値段でも切りに来ていただけるということは、その方には相応の価値を感じていただけている、ということになります。

切らないと分からないですよ。逆に言えば、切ればわかります。

―その信頼関係というか、ハサミというモノを通して繋がっていく良い関係性を、いろんな人に感じていただきたいと心から思います。
K:その見えないものを信じているという点では、宗教と一緒ですよ。信じるしかないです。
N:どれだけ値段が高くても、価値さえあれば、必ず戻ってきますから。 ―やはり使うみなさんが自分で価値を見出すことは不可欠ですね。
K:僕が十何年「道具って大事だよ」って言い続けても、受け入れない人もいます。食わず嫌いというかね。でも、そういう人でもやっと気付いてくれたりもする。

―その人はきっと、今まで積み重ねてきたものが崩れるのが怖かったんじゃないでしょうか。
K:使ってみれば分かることですし、実際に使った人はそのまま使い続けていますから。

―今まで使う機会に恵まれなかった人たちに知ってもらいたいです。
N:切らないと分からないですよ。逆に言えば、切ればわかります。だから私たちが決めることではなく、使う方が自分で判断することです。

QUOKKA
公平匡彦

〒152-0002
東京都目黒区目黒本町 4-3-14ミチノサキビル2F
@quokka.hair
@koudaira
QOKKA公式HP

東京シザース内山
西村欣也

〒142-0053
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出典元『stream』
2022年5月31日発行
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