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『言語の力』著:ビオリカ・マリアン
全世界に暮らす人の過半数は、バイリンガルかマルチリンガルなのだそうだ。まちで、外国語を話すひととすれ違う機会はあきらかに増えた。感染症による自粛ムードもとうの昔のことになり、休暇中に国外へ遊びにいく人も増えていることだろう。母語以外の言語を自在に話せたら、自分の世界はどう変わるかなあと考えたことが、きっと誰しもあると思う。
複数言語が話せると、異なる国・文化の人と「コミュニケーションができる」のはもちろんであるが、「そのとき頭や心の中では何が起こっているのか?」を教えてくれるのが、自身もマルチリンガルであり、さまざまな言語の研究に携わる著者による書『言語の力』だ。副題は『「思考・価値観・感情」なぜ新しい言語を持つと世界が変わるのか?』。本書には、おもしろい研究結果がたくさん出てくる。
マンダリン(標準中国語)と英語のバイリンガルに「片手を上にあげ、遠くを見ている像の名前は何ですか?」と質問をすると、英語を話しているときは「自由の女神」、マンダリンを話しているときは「毛主席」と答える人が多かったという。口にする言語を変えることによって、自分の中にある違う側面が引き出されたり隠されたりするのだ。
複数言語を話す人の頭のなかは、いったいどうなっているのか?「この言語を使うときはここで、もう1つの言語のときはそっち」というふうに、言語ごとに使う引き出しが決まっているわけではない。マルチリンガルの脳内では、とある単語を見聞きした瞬間から、知っているすべての言語が並行して活性化するようになっているという。そう聞くと合点がいくが、複数言語を話す人はそうでない人に比べ、ものとものとの間により多くの関係を見つけられるのだそうだ。
言語の力「思考・価値観・感情」 なぜ新しい言語を持つと世界が変わるのか?
本書のなかで著者は、「感情表現のレパートリーが多いマルチリンガルは、経験できる感情の種類が多くなるともいえるのではないか」とも問いをたてている。何かに圧倒されたときや、見たことがないものを見たとき、あるいは得体の知れない不快感を抱いたとき、「“この感じ”を形容できない」という状況はしばしば発生する。言葉にできないからといって思っていないということにはならない、と信じたいものだが、美術館や映画館の帰り道に読後感を反芻しながら、ついにその“感じ”の形容方法を見つけたときの嬉しさときたら!「すごい」や「やばい」につい委ねそうになるけれど、自分の言葉でつむがれた表現の力は強い。複数言語を話せるようになることで感情表現が増え、そして感情の種類までもが増えるのだとしたら、言葉は魔法のようだ。
言語は、誰かとコミュニケーションをとるためだけの道具ではない。話せる言語を増やすこと自体が、自分の頭の中や心の感受性をアップデートしてくれる。言語がひらいてくれる世界に身をゆだねるのは、想像以上におもしろい旅になることだろう。
著者:プロフィール
ビオリカ・マリアン
ノースウェスタン大学ラルフとジーン・サンディン寄付基金教授。コミュニケーション科学と障害学部、および心理学部で教壇に立ち、「バイリンガリズムと心理言語学研究室」で主任を務める。母語はルーマニア語で、ロシア語はほぼ母語と同等に話し、英語も堪能。アメリカ手話、広東語、オランダ語、フランス語、日本語、マンダリン、スペイン語、タイ語、ウクライナ語など、様々な言語の研究に携わる。アメリカ国立衛生研究所、アメリカ国立科学財団などの援助を受け、バイリンガルの言語処理の構造と、脳に与える影響に関する研究を行っている。
INFORMATION
書名
言語の力「思考・価値観・感情」
なぜ新しい言語を持つと世界が変わるのか?
著者
ビオリカ・マリアン
出版社
KADOKAWA
価格
¥2,200(税込)
ISBN コード
9784046063779
[テキスト/天野加奈]
1993年大分生まれ。2023年より本屋「文喫 福岡天神」ディレクターとして企画や広報を担当。
大切にしている本は『急に具合が悪くなる』(宮野真生子・磯野真穂 著/晶文社)