
住む憧れ「グランドメゾン」の人気の理由。
公開日
muto編集部
「これは家出ではないので心配しないでね」14歳と17歳。NYに住む二人の少女は、そう書き置きだけ残して“アメリカを見る”旅に出た──。
著者・江國香織、初のロードノベル
「スタートを切る」と聞いて思い浮かべたことはいくつかある。新年、新生活、就職、文字通り「走る」ためのスタート…。旅立ちもある種のスタートだろう。思春期の旅はその後の人生に影響を与えることがある。
17歳、逸佳。14歳、礼那。いとこ同士でニューヨーク州在住。二人の旅はニューヨーク、ダウンタウン地区のおしゃれなホテルからスタートする。「これは家出ではないので心配しないでね。電話もするし、手紙も書きます。旅が終ったら帰ります。ラブ。礼那」と家に書き置きを残して。本書は「アメリカを見る」ためにあえて陸路で移動する、少女二人のロードノベルである。
主人公二人の人物描写がいい。逸佳は人づきあいが苦手で、生活の中で“ノー”のものがたくさんある。学校、恋愛、女の子たちとのつき合い、すべてが“ノー”(それで日本の高校をドロップアウトしてしまった)。
性格はまじめで慎重。散歩好き。地図/道案内担当。一方の礼那(本人たちの発音は“れーな”)は天真爛漫で人や動物が大好き。好奇心旺盛で知らない人にも物怖じせず話しかける。常に前向き元気いっぱい。お風呂好き。そんな二人が私にはとてもかわいい(親目線?)。どちらかというと逸佳タイプの私としては、礼那が「ステイト・オ・メイン!」とか「アー・カン・ザス・川!」といきなり叫ぶたびに愉快な気持ちになる(どういう状況でそう叫んだかは本書でぜひ確認を)。
旅も長くなると、よくも悪くも予想外の出来事がおこるもの。旅の途中で出会う人々(いい人、嫌なヤツ)。体験する様々な出来事。緊急事態や予想外の出来事にも二人(や周りの親切な人たちと)で考えて対応する。その経験はきっとかけがえのないものになる。
二人でつくった旅にまつわるルールのうち、特に重要なものは
*今後、この旅のあいだにあった出来事は、永遠に二人だけの秘密にする。
*もし途中で帰りたくなっても、旅が終るまでは絶対に帰ってはいけない。
のふたつ。一番目のルールについて、物語の後半に礼那がある発見をする。「たとえばこの朝がどんなにすばらしいかっていうことはさ、いまここにいない誰かにあとから話しても、絶対わかってもらえないと思わない?」「だって、誰かに話しても話さなくても関係なくて、なにもかも自動的に二人だけの秘密になっちゃうんだよ?すごくない?」。その二人だけしか経験できない風景を読者は見ることができるという幸福。私たちは彼女たちの旅をただ楽しめばいい。
江國香織
1964年東京都生まれ。
2002年『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』で第15回山本周五郎賞
2004年『号泣する準備はできていた』で第130回直木賞
2007年『がらくた』で第14回島清恋愛文学賞
2010年『真昼なのに昏い部屋』で第5回中央公論文芸賞
2012年『犬とハモニカ』で第38回川端康成文学賞
2015年『ヤモリ、カエル、シジミチョウ』で第51回谷崎潤一郎賞を受賞。
著書に『きらきらひかる』『左岸』『抱擁、あるいはライスには塩を』『はだかんぼうたち』『なかなか暮れない夏の夕暮れ』ほか多数。
小説のほか童話、詩、エッセイ、翻訳など幅広い分野で活躍している。
書名
『彼女たちの場合は』
著者
江國香織
出版社
集英社
価格
1,800円(本体)+税
ISBN
978-4-08-771183-7
[テキスト/奥原未樹子]
1977年福岡県生まれ。2003年よりリブロ西新店勤務。2011年よりリブロ福岡天神店勤務。2021年より文喫福岡天神にて文芸書を担当。
冊子版mutoの紹介