住む憧れ「グランドメゾン」の人気の理由。
『リリ-ス』著者:古谷田奈月
男女同権が実現し、同性愛者が新たなマジョリティとなった世界。異性愛者の男子大学生、タキナミ・ボナは、オリオノ・エンダと共に精子バンクを占拠した。現代の人間の在り方を問う衝撃作。雑誌 mutoに掲載したリブロプラスの野上さんの書評を改めてご紹介します。
『リリ-ス』著者:古谷田奈月
驚いた。
完全にノーマークだった。
こちらの不勉強でしかないが、予想外のところから大きな作品が登場した。
新潮社主催の日本ファンタジーノベル大賞は、2013年を最後に休止した。
その最後の受賞者が、この作品を書いた古谷田奈月だった。同賞は、過去に森見登美彦や畠中恵を輩出している。
決して軽んじていたわけではない。
しかし、正直、ヒット率は高くない。毎年受賞作に注目していたかと問われれば、謝るほかない。
さて、古谷田奈月の単行本としては3冊目、初めて新潮社以外の出版社から刊行した作品がこの『リリース』である。
同性愛者がマジョリティになった世界を、近未来小説仕立てで描く。
国営の精子バンクを媒介とした人工授精が生殖を保障し、人々の生き方は爆発的に多様化。生殖目的の男女交際が不要になった世界では、究極のジェンダーフリーが実現する。
「男らしさ」「女らしさ」は前時代的な価値として敬遠され、性からの解放が謳歌される。次第に、性的であることが忌避されるようになり、「セックスフリー」時代に至る。
先進的な価値観は都市から広がる。
農村部に残る「古い価値観」、例えば「根っからの女好き」は、抑圧の対象となる。
牧場で育った青年の、日に焼けた筋肉だらけの体つきが「ポルノモデルかセクシストの残党だ」と非難される件は示唆的だ。
PC=ポリティカル・コレクトネスをめぐる摩擦や齟齬、それこそトランプを大統領にまで押し上げるアメリカ中間層の不満や、日本のネット社会に広がる「反リベラル」言説の攻撃性を連想させながら、物語は精子バンクの組織や運営に絡んだサスペンスとして進む。
多くの論点を提起しながら、決して結論を急がずに、複数の視点をバランスよく配置した構成で、読者の思考を試す作品だ。唸りながら読んでほしい。
ちなみに、日本ファンタジーノベル大賞は、2017年に復活することが決まった。選考委員は、恩田陸、萩尾望都、森見登美彦だという。今度こそ、注目しよう。
このテキストは、2017年1月発刊の雑誌mutoに掲載されたものです。
著者プロフィール
古谷田奈月
1981年、千葉県我孫子市生まれ。2013年、「今年の贈り物」で第25回日本ファンタジーノベル大賞を受賞、『星の民のクリスマス』と改題して刊行。2017年、『リリース』で第34回織田作之助賞受賞。2018年、「無限の玄」で第31回三島由紀夫賞受賞。「風下の朱」で第159回芥川龍之介賞候補となる。その他の作品に『ジュンのための6つの小曲』、『望むのは』など。
書籍名
リリース
著者名
古谷田奈月
価格
1,600円(税別)
発売日
2016年10月
ISBNコード
9784334911287