no24 大人の感性を揺さぶる「レソラ天神」
RESOLA TENJIN is Like an Orchestra

ラグジュアリーなモノや食が共存し、共鳴し合う「レソラ天神」。
時代の感性を心地よく揺さぶるクリエーションに触れてみた。

大人の感性を揺さぶる「レソラ天神」
RESOLA TENJIN is Like an Orchestra[feature page 1]

美しい共鳴を最大化する「レソラ天神」のクリエイターたち

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「レソラ天神」には、アウトプットの形こそ違うが、一流のクリエーションがある。
今回は、九州のファッショニスタを虜にするスペシャリティストアBARNEYS NEW YORK福岡店、店長・小古瀬安史さんと、日本を代表するレストラン「リストランテASO」の料理長を務め、今年1月、自身の名を冠したリストランテ・Kubotsuをスタートさせた料理長・窪津朋生さん、アンティークとモダンが溶け合った良質なジュエリーが揃うAbHeriのチーフデザイナー宮澤有紀子さんに、それぞれに見えている景色、それぞれが響き合ってできる化学反応について聞いた。

「人と服が好き。とにかくその一心で気づいたらこの場所に」(小古瀬)

「レソラ天神」の顔ともいえる3人が、今の仕事に就いたきっかけは?

窪津:共働きで忙しかった両親を手伝い、高校時代から食事の用意をしていたんです。アルバイトも飲食関係だったせいか、気づけば食の道を志すように。料理としてのフレンチに興味があったので「どうせなら日本一の店に」と思って「ひらまつ」の門をたたきました。

いきなり「ひらまつ」に?

窪津:料理に関していえば、最初にグランメゾンに入って、違う方向に進みたければ、後で崩していく方がいいと思ったんです。例えば、ビストロなら野菜をざっくり不揃いに切ってもそれが個性ということになりますが、グランメゾンだとミリ単位の角切りを毎日山程切り続ける細やかさが要求されます。新人の頃はそういう細かい作業をたくさんやることで鍛えられました。

宮澤:私は学生時代、「フードスタイリストになるためにフランスで料理の勉強がしたい」と夢見ていました。秘かにアルバイトをかけもちしてお金を貯めて、卒業後、フランスへ。でも行ってみると周囲の料理への情熱やレベルに圧倒されて「料理は趣味でいい」と早々に方向転換をしました。それからアートの学校でデザインの勉強をしながらそのままフランスで暮らしました。ある日ハイブランドのジュエリーの店舗が集まるヴァンドーム広場を通ったんです。さすがに中に入る勇気はなかったんですが、すごく惹かれている自分がいました。アートの学校を卒業した後、帰国しましたが、ジュエリーのことが頭から離れず、日本のブランドを片っ端から歩いてまわりました。それで今私が所属している会社の物づくりの姿勢に惹状かれて「何でもするので雇ってください」と直談判。当時ちょうど新しい店舗を立ち上げるタイミングで制作も人手が足りない況だったので、アシスタントとして現場で雑用や事務作業をこなしているうちにデザイン・制作チームの一員として認めてもらえるようになりました。

小古瀬:私はとにかく服が好きで、中学生の頃から小遣いをもらうとすぐ、自転車を1時間ぐらい走らせて服を買いに出かける少年でした。高校時代は雑誌を見ながら原宿・新宿・中目黒エリアをお金がなかったので歩いて回り、色々な物から刺激を受けました。その習慣は大学でも変わらず、就職活動でも迷うことなくアパレルの世界へ。「バーニーズ ニューヨーク」に入社でき、まずは新宿店で販売員としてデザイナーズブランドの担当となりました。寄り道がないんですよね(笑)。

「アイデアのヒントは美術館など、美しさに触れる瞬間にある」(宮澤)

一人前になるまでの道のりは?

窪津:「リストランテASO」に配属になり、入社当時は、会社が急成長していた時期で新店の立ち上げラッシュでした。一般的に料理人は、ひとつの店に3〜5年勤め、師匠から一通り学んだら次の店に移り、引き出しを増やして独立します。だけど、「リストランテASO」で次から次に店を立ち上げていると引き出しがどんどん増えました。二子玉川、銀座と街の空気感も客層も違う。早く尊敬するシェフのようになりたい、その一心でしたね。途中ヘルニアになって数カ月休まざるを得ない状況もあったんですが、上司や先輩方も待ってくれて、復帰後は代官山のスーシェフを任されました。「ミシュランガイド」や「ザガット・サーベイ」で星をもらって注目を集めていたし、ファッション業界の名だたるハイブランドのパーティーでのケータリングに選ばれたりと、一流の人たちが毎日押し寄せていました。油断する暇なんてないし、モチベーションも高かったですね。

宮澤:私もチーフデザイナーになるまで必死で駆け抜けました。任されることが少しずつ増え、それをチャンスと捉えて常に全力で取り組みました。机にいてもデザインのアイデアが出てくるわけではないので、インスピレーションを得るため、美しいものを見るよう意識していました。美術館に行ったり、きれいな景色を見たり、ふと訪れたレストランの壁に掛けてある絵とか、色々な断片からヒントを得ます。そしてその都度ノートや頭の中にストックしています。すぐに形になるものもあれば、数年後に花開くものも。今は自分のイメージで自由に作らせていただける環境ですが「アベリ」らしさを常に意識しています。

「アベリ」らしさとは?

宮澤:一言では難しいですが、アベリのDNAとして脈々と受け継がれているのは「相反する要素をバランス良く取り入れること」でしょうか。アンティークっぽいけど新しい、古いもののいいところを取り入れつつ、現代だから使える技術もしっかり採用する感じですね。

窪津:料理も一緒です。アイデアは厨房の中よりも畑や海、きれいな景色の中にある。季節を感じている時にヒントに出会うこともありますし、伝統的な郷土料理に新しいエッセンスを加えることで、オリジナルに昇華できることもありますね。

「去年の味を振り返ると照れるぐらい日々進化し続けたい」(窪津)

アウトプットは違っても、クリエーションには共通項が多いですね。ご自身で忘れられない作品や思い出はありますか?

宮澤:私が初めて作らせてもらった商品としてのジュエリーは、ブーケをイメージした、たくさんの花々を立体的に重ねた一点物のリングでした。店舗の様子を見に行くたびに「今日もかわいくこっちを向いているな、よしよし」と。そんな私を販売のスタッフも見てくれていて、お客様にお買い求めいただいたと、すぐに電話をしてきてくれた時は、もううれしくてうれしくて、今でもその瞬間を忘れられません。

窪津:それはうれしいですよね。僕のレストランでの第一歩はランチメニューを考案することでした。若手はこぞってアイデアを出し、採用されたら店のメニューとして展開されるんです。

窪津さんの採用第1号は?

窪津:イカにトマト風味のリゾットを詰めたもので、シェフからは「イカメシだな」と言われました(笑)。お客様にも喜んでいただけて感慨深かったです。

小古瀬:私は最初に顧客になってくださった方のことを思い出します。そのお客様は何度か接客させていただくうちに私を名前で呼んでくださるようになりました。ある時他店からお電話をくださり「このブランドのこういう商品なんだけど、置いてる?」と。売り場にあったので「ございます」とお答えしたら、「じゃあ小古瀬さんのところで買おう。取っておいて」とすぐに来店してくださったんです。他のお店の目の前に同じ物が置いてあるにも関わらず時間と手間をかけてわざわざお越し下さり、心にしみました。その頃も今も変わらない私の信念は、この服がお客様に似合っているか、その方に華を添えられるかをイメージすることを大切にしています。
時には入荷した商品を見て「これは絶対あのお客様に似合う」と頭に浮かび、すぐ連絡を取らせていただくこともあります。今の時代、商品単体で考えたら同じものが他店やネットにもあるんです。だけど、私だからこそできる仕事は何だろうと考えます。お客様のことを知っている、より良いスタイリングを知っている、足し算ではなく掛け算で提案できる、そうすればモノ目当てではなく、私のことを信頼していただけるんじゃないかと。約20年、この業界にいると、トレンドも街もお客様のニーズも変わります。変化には敏感でいなくてはなりませんが、だからこそ人を介して伝えられることを大切にしたいとも思うんです。バーニーズに伝わるコンセプトは「テイストとラグジュアリー、そしてユーモアを忘れず」ということ。その姿勢は忘れず、貫いています。「お客様を自宅に迎えるような気持ちでくつろいで過ごしていただけるように」、そんな気持ちはずっと変わらず持ち続けています。

宮澤:変わることと変わらないことがありますよね。今日は久しぶりに昔のことをたくさん話せて初心に戻れたような気がします。今思い出すと甘酸っぱいというか、もっとできることはあったんじゃないかと思ったりもするんですが、当時は当時でベストだったんですよね。

窪津:私は未だに1・2年前の料理でも恥ずかしいと思ったりします。もちろん、自信がないというのとは違うんですよ。ただ昔の写真を見ているような気持ちというか、料理ってその時の自分を表現しているものだから、やっぱり昨日より今日、今日より明日の方が成長を感じるんですよね。
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リストランテKubotsu
窪津 朋生

2003年(株)ひらまつ入社、東京・代官山「リストランテASO」配属、2009には副料理長に就任。2011年、「リストランテASO 天神」オープンに伴い福岡へ異動。2014年、同店の料理長に就任。2018年1月、九州産の食材や伝統文化にこだわる「リストランテKubotsu」をオープンさせ、料理長に就任する。

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AbHeri Fukuoka
宮澤 有紀子

「アベリ」デザインチームでチーフデザイナーを務める。フランス留学中にジュエリーの世界に惹かれ、帰国後ジュエリーの道へ。デザインだけでなく、制作も行い、1点1点に思いを込め、着ける人の笑顔を追求している。

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BARNEYS NEW YORK
小古瀬 安史

人と服が好きで新卒で「バーニーズ ニューヨーク」に入社して以来約20年、新宿店・銀座本店・横浜店・神戸店・福岡店とさまざまな土地の店舗に勤務し、現在は福岡店店長を務める。ユーモラスで人をリラックスさせるムードにファンも多い。

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