「さよならのはじまり」のダンス。シルヴィ・ギエム『BYE』[spotlight page 1]

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1984年にシルヴィ・ギエムが19歳でパリ・オペラ座のエトワールに任命されてから30年が過ぎようとしている。そして今、20世紀最高のバレエダンサーのキャリアの終演が近づいている。
この度、マッツ・エックの振付けによるソロ作品「BYE」が映像化された。この作品は、ギエムの「終わりのはじまり」を主題にして制作されたという。ステージ上には、疲れたおばさんのような風情のギエムと等身大のスクリーン。映像とリンクして始まるダンスは、一人の名もなき女性の人生に訪れる別れを描く。進んでは断ち切られるダンス。中盤の喜びに満ちた躍動感を経て最後は、静寂の入口に立つ深淵な世界へとむかう。一人の女性の人生を切り抜き圧縮したような作品だ。
そして、特筆すべきは、この作品に使われたベートーヴェンの最後のソナタ(32番・2楽章)イーヴォ・ポゴレリチの演奏だろう。特に冒頭の内省的な展開から、一転、生の肯定を歌い始めるリズミックな舞踏的興奮は、時に作曲家の楽譜の指示を無視してでも疾走することで知られるこのピアニストの勝利を確信させる。

この作品が日本で初演されたのは、東日本大震災後の2011年。当時、来日予定アーティストが次々とキャンセルする中、ギエムが遂行した「HOPE JAPANツアー」でのことだった。その時の福岡公演でのエピソードが印象的だ。
ギエムはステージの開始時間に厳格なことで知られている。本番前の集中力をコントロールするために1分、いや30秒でも本番が遅れると激怒することもあるという。その日は、ある理由から開演時間が大幅に遅れていた。関係者がその旨を伝えると、ギエムの顔色は変わり「なぜ?」と問いつめる。
今日は日本中で原発反対デモが行われていること。もちろん福岡でもおこなわれ会場までの主要道路が渋滞になっていること。そのために観客の来場時間が遅れていること、を主催者が伝えた。ギエムは、ウォーミングアップの動きをとめ「何時間でも待ちましょう」と言ったという。激しい批判に耐えながら、パリ・オペラ座のエトワールを惜しげもなく投げだし自身の信じる道を突き進んだギエム。時に「マドモアゼル・ノン」と揶揄されながら、バレエダンサーとして誰も到達できない高みに達した。
「BYE」最後のシーン。スクリーンの中のギエムが、群衆にまみれ振り向き去っていく直前、ふとカメラへの視線を外し中空に目を向ける。センチメンタルでも冷淡な去り際でもなく、その表情は、言葉を越えた複雑な感情を観るものに抱かせる。それはまさに、身体言語を持つものだけに与えられた「さよならのはじまり」を伝えるメッセージなのかもしれない。
INFORMATION
タイトル:シルヴィ・ギエム『BYE』
出演:シルヴィ・ギエム
振付:マッツ・エック
音楽:ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第32番ハ短調 Opus111アリエッタ
演奏:イーヴォ・ポゴレリチ
衣装・美術:カトリーン・ブランストレム
照明:エリック・ベルグルンド
2012年収録 ストックホルム Dansens Hus Stockholm
特典映像:メイキング&インタビュー(ギエム/エック)

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