労働者の芸術、もしくは、崇高な記憶の画[spotlight page 1]

類希な眼差しで描かれた驚くべき記録芸術。
「世界記憶遺産・山本作兵衛の世界~記憶の坑道~」展を観る。

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1[炭丈六〇センチ以下の切羽での採炭]田川石炭・歴史博物館所蔵

[石炭産業の栄華と衰退の時代]
幼い頃から絵を描くことが好きだったひとりの少年が、明治25年(1892)福岡県嘉麻郡笠松村鶴三緒(現、飯塚市)に生まれた。名は、山本作兵衛。生まれ育った土地は、日本でも有数の炭鉱の街。少年も7歳の頃から父親の後をついて炭鉱に入り、その後の人生の大半を炭坑員として過ごすことになる。

日本の石炭産業は、明治の開国と近代化に並走するように、大正、昭和初期の主要なエネルギー産業として発展を遂げた。国内の石炭の生産量は、第二次世界大戦の敗戦時(1945)に一度、下降線を描くが、その後、1960年代までにピークを迎え、国策としての石油エネルギーへの転換とともに70年代を目前にする頃、暴力的な力と殺人的なスピードで消滅へと向かう。山本作兵衛が坑夫として過ごした1900年〜1960年代は、そんな日本の石炭産業の栄華と衰退を体験した時代だった。
[画家・作兵衛を生んだ戦争という重い現実]
山本作兵衛が60歳になった頃の炭鉱地は、閉山とともに人々は街を離れ、採掘場や集落は朽ち果て、残った住民の精神は荒れ果てていた。すでに炭坑夫を引退し、福岡県田川市の炭鉱事務所の見回り宿直警備員となっていた山本作兵衛も、かつての賑わいを失った街の中に郷愁ばかりを見ていたのかもしれない。
さらに、山本作兵衛は、一人宿直室で炭鉱の衰退とは別の苦しみとも闘っていた。それは、先の戦争が残した苦しみだった。日本が、連合国の無条件降伏を受入れ終戦となった1945年、そのわずか数ヶ月前のマラッカ海峡の海戦で、長男・光が戦死していたのだ。その無念さは、深く重く作兵衛氏の心にのしかかっていたという。作兵衛氏は、その苦しみを一瞬でも紛らわすために広告の裏紙や日記の余白に一心不乱に絵を描き始めたという。幼い頃、絵を描くことが好きだったことさえ忘れていた炭坑夫としての半世紀の時間を越え、彼は、毎夜、毎晩、夢中になって宿直室の部屋で一人描き続けた。

描くべき題材は手に余るほどだった。炭坑夫として働いた坑内での労働、作業道具や機械のディテール、かつて先輩たちから伝え聞いた明治時代の坑夫の武勇伝なども想像し描いた。墨一色で描かれた絵の余白には、かならず文章による説明を記した。50枚、100枚、200枚と精密な描写の絵は、正気を逸した集中力で描かれ増え続けた。父を残し逝った息子の姿が脳裏に焼き付いて離れない夜を振り切るように描き続けたという。
[記憶の画家・山本作兵衛の誕生]
やがてその作品は、地元の名士、財界の重鎮、有名芸術家などの目に止まり、瞬く間に話題となった。墨だけで描かれていた作品は、その後、色彩を加え、厳しく苛酷な労働の描写は、どこかあたたかく人間味に溢れ、ユーモラスでさえある表情豊かな作品となっていく。実直に描かれた輪郭線と、明解で鮮明な色使い。難しい芸術論などへの感心は一切排除して、自身が生きた労働の証と炭鉱の歴史を描き残したいという執拗なまでの執念が鑑賞者の視線を釘付けにする。
絵画の専門的な教育など一切受けていない作家の作品が、数珠つなぎのように人々の胸を打ち評価を重ねた。衰退し、消滅した石炭産業とそれをめぐる人間たちの濃密な日常を描いた山本作兵衛の作品は、2011年5月25日に日本初のユネスコ世界記憶遺産”Memory of the Worldに”登録された。

現在、福岡市博物館で開催されている「山本作兵衛の世界~記憶の坑道~」展は、日本の近代化への一時代を築き、その繁栄と崩壊をドラマティックに体現した石炭産業の歴史を通して、近代とは何か?労働とは何か?を問いかける展覧会でもある。会場の中頃に展示された画家の肖像写真の表情は、炭坑労働者というステレオタイプな印象とはまったく違う、穏やかでいて凛とした佇まいが印象的だ。膨大な数の作品を生んだ怪物的な想像力を持つ芸術家の表情とは、実はこのような中庸な佇まいなのかもしれない。

展示されている作品の中には、粗雑な紙と画材によって描かれた作品も多く保存が難しいものもあるという。この度、最新技術と専門家たちの丹念な修復がほどこされた。作品保護のために会場の照明も極力おさえられている。そんな事情による展示会場は、なおさら暗く狭い坑道の世界をイメージさせる効果も生み出している。
美術館や博物館での純粋な芸術鑑賞に物足りなさを感じている人には、展示作品の持つ情報量とユーモラスでさえある作品の数々が心をとらえるだろう。そして、私たちの日常を支える人間の営みとしての「労働」の意味をも考えさせられる異色の展覧会としても楽しめるはずだ。
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2[立ち掘り]田川石炭・歴史博物館所蔵

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3[昔のヤマ(ヤマ人の喧嘩 イレズミ 抜刀]田川石炭・歴史博物館所蔵

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4[ガス爆発]田川石炭・歴史博物館所蔵

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5[大納屋と飯場]田川石炭・歴史博物館所蔵

イベント情報
イベント名福岡市博物館開館25周年記念「世界記憶遺産・山本作兵衛の世界 ~記憶の坑道~」
会期平成27年6月6日(土)~7月26日(日)
休館日月曜日(月曜日が祝・休日の場合は開館し,翌平日休館)
【7月20日(月・祝)は開館、7月21日(火)に休館】
開館時間9時30分~17時30分 ※7月は日・祝日を除き午後7時30分まで開館(入場は30分前まで)
会場福岡市博物館 特別展示室
観覧料一般1,300円(1,100円) 高大生900円(700円) 小中生500円(300円)
※( )内は、前売り、20人以上の団体、満65歳以上(シルバー手帳等の年齢を証明できるものを提示)の割引料金
※ 身体障害者手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳(以上の手帳を提示した方の介護者1人を含む)及び、特定疾患医療受給者証・先天性血液凝固因子障害等医療受給者証・小児慢性特定疾患医療受診券をご提示の場合は無料。
アクセス【市営地下鉄】
博多駅〔K11〕から約13分、天神駅〔K08〕から約7分。
西新駅〔K04〕(1番出口)下車徒歩約15分
【西鉄バス】
博多バスターミナル1番5・6のりばから約25分。
天神バスセンター前1Aのりばから約20分
博物館北口、福岡タワー南口、博物館南口下車
主催山本作兵衛の世界展実行委員会(福岡市博物館、RKB毎日放送、毎日新聞社、西日本新聞社)
協力田川市石炭・歴史博物館、九州国立博物館、福岡県立大学
お問い合わせ092-845-5011(福岡市博物館)
WEBhttp://rkb.jp/kioku_no_koudou/

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